(夜のセイフク[その68]の続き)
『されど血が』という脚本、のようなものをベースとする放送劇の練習は、2回しただけで本番となった。
「(こんなんでいいんだろうか?)」
ビエール・トンミー君は、自身の演技に自信はなかった。しかし、
「いいねえ。さすがビエ君だね」
と、エヴァンジェリスト君は、秀才美少年の演技を褒めた。いや、誰の演技も褒めた。エヴァンジェリスト君は、『役者』を褒めて伸ばすタイプの監督であったのだろう。
そして本番の日、エヴァンジェリスト君は、何やら長く黒いケースを持ってきた。
そして、本番の録音を始める前に、そのケースを開けた。
1970年の広島県立広島皆実高校1年7ホームの教室である(クラスのことを皆実高校では『ホーム』と呼んだ。今もそうかもしれない)。放課後であった。
エヴァンジェリスト君が、長く黒いケースから取り出したのは、フルートであった。
オープンリールのテプ・レコーダーを録音ONとし、そのフルートを口に当てると、エヴァンジェリスト君は、なんだか物悲しい曲のようなものを吹き出した。
「(エヴァ君は、『されど血が』の音楽も担当だったのか!)」
そう、エヴァンジェリスト君は、『されど血が』の主題曲を演奏したのだ。
「(しかし、聞いたことがない曲だなあ)」
それはそうだ。その主題曲は、エヴァンジェリスト君自らが作曲したものであったのだ。
「(うーむ、いい曲かどうかは分らない。しかし、ある意味、エヴァ君を尊敬はする)」
ビエール・トンミー君は、フルートを吹きながら、体を左右に揺すっているエヴァンジェリスト君を見ていた。
(続く)
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