(夜のセイフク[その61]の続き)
「(ビエール君は、どうするのだ?)」
ビエール・トンミー君のその問いは、冊子『東大』に掲載された『されど血が』という脚本、のようなものの中のビエール君に対してのものであったが、同時にまた、その質問を発したビエール・トンミー君が、自身に対して発した言葉でもあった。
「(戦争反対なんだから、当然、徴兵拒否をするのか?.....できるのか?」
ビエール・トンミー君の自問は、まさに『されど血が』という脚本、のようなものの中のビエール君自身の自問でもあった。
苦悶を浮かべたビエール・トンミー君の顔は、隣席の女子生徒にとっては、愁に満ちた一段と魅力的なものと映った。
1970年の広島県立広島皆実高校1年7ホームの教室である(クラスのことを皆実高校では『ホーム』と呼んだ。今もそうかもしれない)。昼休みであった。
「来週から練習を始めるからね」
『されど血が』の世界とはかけ離れた明るい声が、席につき、されど血が』を読むビエール・トンミー君の頭の上から降って来た。
「ビエ君、君に期待だからねっ!」
エヴァンジェリスト君は、そう云うと、いつものように教室の入り口近くの席のミージュ・クージ君のところに向った。
『されど血が』という脚本、のようなものは、1年7ホームの『発表会』で放送劇として公開されるのだ。録音したものを『発表会』で『放送』するのだ。主演は、ビエール・トンミー君だ。
その練習をいよいよ始めるというのだ。
「あんたの主役、楽しみにしとるんよ。ふふ」
隣席の女子生徒が、含み笑いをした。
「(ボクに、この『ビエール君』を演じることができるのだろうか?)」
この日は、ミージュ・クージ君に、グレープバイン・ホールドをかけるエヴァンジェリスト君に視線を送りながら、ビエール・トンミー君は、口の中で呟いた。
(続く)
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