2018年9月7日金曜日

夜のセイフク[その59]





「へ?」

秀才美少年らしからぬ間の抜けた返事であった。

「どしたん?何かあったん」

隣席の女子生徒は、ビエール・トンミー君に、同じ質問を繰り返した。

「う、うーん。…ああ、喉がちょっと詰まったんだ」
「ほうなん。気をつけんちゃいよ。体、大事にしんさいね、ふふ」

隣席の女子生徒は、ビエール・トンミー君に秋波を送っているようにも見えたが、ビエール・トンミー君には、それに気付く余裕はなかった。

「(どうするのだ?)」

ビエール・トンミー君は、冊子『東大』に掲載された『されど血が』という脚本、のようなものの中のビエール君と同じ科白を心の中で吐いていた。

1970年の広島県立広島皆実高校1年7ホームの教室である(クラスのことを皆実高校では『ホーム』と呼んだ。今もそうかもしれない)。昼休みであった。

「(ボクは、戦争は反対だ!)」



ビエール・トンミー君は、その時、自分が広島県立広島皆実高校1年7ホームの教室にいるのか、1945年頃の戦時中の日本にいるのか、分らなくなっていた。


(続く)


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