(夜のセイフク[その70]の続き)
「♫🎶♩♫」
『されど血が』という脚本、のようなものをベースとする放送劇の本番録音は、エヴァンジェリスト君の作曲・演奏によるフルート主題曲で終った。
1970年の広島県立広島皆実高校1年7ホームの教室である(クラスのことを皆実高校では『ホーム』と呼んだ。今もそうかもしれない)。放課後であった。
「フーッ」
ビエール・トンミー君は、大きく息を吐いた。
「ふううう……」
ビエール・トンミー君が演じた『ビエール君』の相手役『すず』を演じた女子生徒も、大きく、長く息を吐いた。最近、ビエール・トンミー君に秋波を送ってくるようになっていた普段は隣席の女子生徒である。
「(うっ…..マズイ)」
『すず』を演じた女子生徒のことを愛おしく感じたのだ。
「生きて帰ってきてね」
『すず』を演じた女子生徒は、まだ『すず』になったまま、そうビエール・トンミー君に寄り添ってきた。
「(うっ…..マズイ、マズイ!)」
ビエール・トンミー君は、自身の体の一部に異変を感じたのだ。
「負けんさんな!」
身を寄せてきた『すず』を演じた女子生徒からは、なんだかいい匂いがした。香水の匂いではなかった(当時の女子高校生は、学校に香水をつけてくることはなかった)。シャンプーの香りであったのか、或いは、若い女性の体臭であったのか……..
「(いや、負けそうだ……)」
それまで『すず』を演じた女子生徒に関心はまったくなかった。俳優が、映画・ドラマで共演した相手役に恋愛感情を持つ、というのはこういうことなのであったであろう。
その時…….
「そう、負けたのだ……」
普段の声音とは違うカレの声に、ビエール・トンミー君は、我に返った。
(続く)
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