(夜のセイフク[その71]の続き)
「そう、負けたのだ……」
普段の声音とは声の主は、エヴァンジェリスト君であった。
「(エヴァ君……)」
ビエール・トンミー君は、我に返った。
「…….」
普段は饒舌なエヴァンジェリスト君が、『そう、負けたのだ……』と云ったきり、口を噤んだ。
「(エヴァ君、君は、一体、誰が、何が『負けた』と云うのだ)」
ビエール・トンミー君は、教室内で虚空を凝視める友人の美しくも憂いに満ちた横顔を見遣った。
1970年の広島県立広島皆実高校1年7ホームの教室である(クラスのことを皆実高校では『ホーム』と呼んだ。今もそうかもしれない)。放課後であった。
「(日本が『負けた』ことを云っているのか?)」
友人の唇が微かに動いた。
「されど血が…..か」
小声ではあったが、ビエール・トンミー君には、友人のその言葉がはっきりと聞こえた。
「(そうか!.....そういうことなのか!)」
エヴァンジェリスト君は、今、本番録音を終えたばかりの放送劇のタイトルを口にしたのだ。
「(そうだ、ボクは、いや、『ビエール』は、『されど血が….』と云ったのだ)」
放送劇『されど血が』の中で、主人公である『ビエール君』は、赤紙を受け取り、悩む。彼は、反戦思想の持ち主であった。
しかし、徴兵を拒否できるような時代ではなかった。そこで、『ビエール君』は、自身を納得させようとする。
「陛下の為に行く」
と。しかし、その口実は、恋人『すず』の素直な疑問に、簡単に打ち壊される。
「何ねえ!ヘイカって何ねえ!ヘイカって何が偉いん!?」
そこで、『ビエール君』は、新たな口実を口にする。
「国だ。そう、国の為だ」
だが、その口実も、恋人『すず』の素直な疑問の前には、何の意味も持たなかった。
「もう!あんたって云う人は!国って何なん!?」
「え?.....国は…….国とは…….」
ビエール・トンミー君は、主人公『ビエール君』を演じながら知った。恋人『すず』は、彼の内心の声でもあったのだ。
(続く)
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