(夜のセイフク[その72]の続き)
「(『ビエール君』は、自分自身を欺くことはできないのだ)」
放送劇『されど血が』の作者であり、秀才であるエヴァンジェリスト君を上回る秀才のビエール・トンミー君は、主人公『ビエール君』を演じながら、作者エヴァンジェリスト君の意図を理解した。
「(そうであったのか!『ビエール君』は、エヴァ君、君自身なんだね。主人公を『ビエール君』という名前にして、いかにもそれがボクであるかのように見せて、実は、『ビエール君』は、君の分身であったのだ)」
しかし、小説や脚本の主人公が、作者の分身であることは、よくあること、と云うか、当たり前といえば当たり前のことであった。
「(だが、いや、だからこそ、エヴァ君、君の分身を誰でもいいから演じさせる訳にはいかなかったのだ!『ビエール君』を演じることができるのは、エヴァ君の意図と思いとを受け止められる理解力と感性の持ち主である必要があったのだね!...つまり、ボクでなければいけなったんだね!)」
主人公『ビエール君』を演じながら、作者エヴァンジェリスト君の意図を理解したビエール・トンミー君は、エヴァンジェリスト君の期待に見事に応えた。熱演であった。
『ビエール君』は、『ビエール君』であり、ビエール・トンミー君であり、そして、エヴァンジェリスト君となった。
「生きて帰ってきてね」
録音を終えた後も、『すず』を演じた女子生徒が、まだ『すず』になったまま、そうビエール・トンミー君に寄り添ってきたのも、『ビエール君』がビエール・トンミー君にもエヴァンジェリスト君にも同化する程の演技をビエール・トンミー君がしたからなのであっただろう。
「そうか!」
ビエール・トンミー君が、声を発した。
1970年の広島県立広島皆実高校1年7ホームの教室である(クラスのことを皆実高校では『ホーム』と呼んだ。今もそうかもしれない)。放課後、放送劇『されど血が』の本番録音終了後のことであった。
「どしたん?」
『すず』を演じた女子生徒が、訊いた。
(続く)
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