2018年9月26日水曜日

夜のセイフク[その74]





「………」

『そう、負けたのだ……』と云ったきり、口を噤んだエヴァンジェリスト君は、今は、教室の天井辺りを凝視め、両の口の端を横にぐいと引いたままでいた。

1970年の広島県立広島皆実高校1年7ホームの教室である(クラスのことを皆実高校では『ホーム』と呼んだ。今もそうかもしれない)。放課後、放送劇『されど血が』の本番録音終了後のことであった。

「(そうか、エヴァ君。そうだったのか。君が、『そう、負けたのだ……』と云ったのは、日本が戦争に負けたことを云っているのではなかったのだ。君だ!そう、君が『負けた』のだ!)」

普段は、同級生のミージュ・クージ君の背後からミージュ・クージ君のの片脇に首を入れ、ミージュ・クージ君をお尻から抱え、そのまま頭上まで上げ、

「いくぞー!アトミック・ドロップ!」



と、プロレスごっこに興じている同じ男とは見えないエヴァンジェリスト君の横顔を見ながら、ビエール・トンミー君は、思った。

「(『されど血が』の主人公『ビエール君』は結局、『されど血が』という言葉を残して、戦地に行く。そう、『ビエール君』は徴兵を拒否できなかったのだ。いや、そんなことは最初から分っていたのだ。そういう時代なのだ。『ビエール君』もそのことは分っていたのだ。どれだけ反戦の気持ちを持っていようと、徴兵拒否なんてすると、世間からは『非国民!』と非難され、投獄され、猛烈な拷問を受けることになるのだ)」

無言のままでいるエヴァンジェリスト君の目尻が少し光っているようにも見えた。


(続く)



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