2018年9月27日木曜日

夜のセイフク[その75]





「(徴兵拒否できないと分っている『ビエール君』は、だから口実を探した。『陛下の為に行く』とか『国の為に行く』とか。しかし、自身の内心の声でもある恋人『すず』の素直な疑問に口実は粉砕される)」

ビエール・トンミー君は、今、本番録音を終えたばかりの放送劇『されど血が』で自らが演じた主人公『ビエール君』を回想した。

「(結局、『ビエール君』は、『されど血が』という言葉を残して、戦地に行くが、その言葉も口実であったのだ。自分の『血』が、日本人である『血』が自らを戦地に赴かせるのだ、という口実であったのだ。だから….)」

いい匂いがまだあった。『すず』を演じた女子生徒はまだ、ビエール・トンミー君に身を寄せたままであったのだ。

「(だから…..『ビエール君』は、いや、エヴァ君、君は、恋人『すず』の『負けんさんな!』と云う言葉が心に刺さったまま、戦地に向かうことになるのだ。そこで、『されど血が』は終る)」

『すず』を演じた女子生徒は、身を寄せたままビエール・トンミー君の顔を愛おしそうに見上げていた。

1970年の広島県立広島皆実高校1年7ホームの教室である(クラスのことを皆実高校では『ホーム』と呼んだ。今もそうかもしれない)。放課後、放送劇『されど血が』の本番録音終了後のことであった。

「(そうなのだ、妥協して戦地に向かうことになった『ビエール君』は、自分に負けた。しかし、『ビエール君』は、いや、エヴァ君、君は、そのことを知っていた、知っている。エヴァ君、君は、己を見る人間なのだ。己を、己の罪を見ないではいられない人間なのだ!)」



その時、それまで無言で虚空を凝視めていたエヴァンジェリスト君が、ビエール・トンミー君の方に顔を向けた。

「え!?」

エヴァンジェリスト君の視線は、何故か、まるで未来からのものように思えたのだ。


(続く)


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