(夜のセイフク[その75]の続き)
「え!?」
それまで無言で虚空を凝視めていたエヴァンジェリスト君が向けてきた視線に、ビエール・トンミー君が未来を感じたのは、彼の思い過ごしではなかった。
「(エヴァ君、君って….)」
ビエール・トンミー君は、自らも知らぬ内に、友人の未来を予言していたのだ。
「(エヴァ君、君は、己を見る人間なのだ。己を、己の罪を見ないではいられない人間なのだ!)」
それから、7年後、そして、10年後、エヴァンジェリスト君は、フランスのカトリック小説家『François MAURUAC』(フランソワ・モーリアック)を題材に、『己を見る』をテーマとした大学の卒業論文、修士論文を書くことになるのだ。
しかし………
「ビエ君、君、サインを考えておいた方がいいよ。ふふ」
振り向いたエヴァンジェリスト君が、ビエール・トンミー君にかけた言葉は、思いもしないものであった。
1970年の広島県立広島皆実高校1年7ホームの教室である(クラスのことを皆実高校では『ホーム』と呼んだ。今もそうかもしれない)。放課後、放送劇『されど血が』の本番録音終了後のことであった。
「?」
「だって、これが放送されたら、君はもうスターさ」
「え?」
「だから、スターらしいサインくらい考えておかないとね」
と云って、エヴァンジェリスト君が見せた笑顔には、ビエール・トンミー君が、『されど血が』を通して感じた友人の心の闇を全く感じさせない、いつものお調子者の笑顔であった。
「…..あ…..ああ…….サインね…..」
「わああ!ビエ君のサイン、欲しい!一番最初にアタシにくれんさいね!アタシがビエ君の一番のファンじゃけえね」
より身を寄せてきた『すず』を演じた女子生徒が漂わせる匂いに、ビエール・トンミー君は、体のある部分をより固くした。
(続く)
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