(夜のセイフク[その76]の続き)
「これが放送されたら、君はもうスターさ。だから、スターらしいサインくらい考えておかないとね」
というエヴァンジェリスト君の言葉に反して、放送劇『されど血が』が放送された後(『放送』と云っても、ホームルームでテプを流しただけであったが)、ビエール・トンミー君がサインをする機会はなかった。
いや、放送後にはその機会はなかったが、放送前に、本番録音の翌日、
「サインできたあ?」
と、『すず』を演じた女子生徒におねだりをされ、サインをした。
勿論、それは、スターの『サイン』のような『サイン』ではなかった。
ビエール・トンミー君は、秀才で他に類を見ない美少年であったが、芸能界への関心は全くなく、『サイン』ってどのようなものであるのか、想像だにできなかったのだ。
「なんねえ、これえ?.......じゃけど、ええわ」
『サイン』らしくないビエール・トンミー君の楷書の『サイン』を見て、『すず』を演じた女子生徒は、少しがっかりしたようではあった。
「これでええけえ、握手してえ!」
『すず』を演じた女子生徒の勢いに押されて、ビエール・トンミー君は、右手を差し出した。
「うん、ふふ」
『すず』を演じた女子生徒は、ビエール・トンミー君の右手を両手で握りしめた。
「うっ……」
ビエール・トンミー君は、『すず』を演じた女子生徒にも、教室にいる他の周りの同級生にも聞こえないような呻き声をあげた。
1970年の広島県立広島皆実高校1年7ホームの教室である(クラスのことを皆実高校では『ホーム』と呼んだ。今もそうかもしれない)。放課後、放送劇『されど血が』の本番録音の翌日のことであった。
その前日に生じた体のある部分の異変が、ビエール・トンミー君に生じていたのだ。
「もうすっかりスターだね」
エヴァンジェリスト君が、ビエール・トンミー君の股間に目を落としながら、話し掛けて来た。
「いや…..あ!.....いや….」
ビエール・トンミー君は、股間を抑えた。
(続く)
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