「エヴァさん、曲がれるよね?」
列のすぐ前にいた女性が振り向いて云ったその言葉を聞いた時、エヴァンジェリスト氏は、リフトの上って行く先を見た。1982年の冬、そこは、草津のスキー場であった。会社の同期の皆でスキーをしに来ていた。
「(『曲がっている』ぞ!)」
リフトの上って行ったその先は、そう、カーブしていた。
「(『曲がれない』と、どうなるのだ?)」
と、顔を歪め、美貌を損ねたが、損なわれていない知性が想像した。
「(あのカーブしているところで『曲がらない』と、山から飛び出すではないか!)」
エヴァンジェリスト氏は、スキーを付けたまま山から飛び出す自分の姿を想像した。
「(いや、違う!)」
何が違うと云うのだ。
「(怖くなんかない。違うぞ、違うんだあ)」
列のすぐ前にいた女性が、もう一度、尋ねた。
「エヴァさん、曲がれるよね?」
「は!?......いや…..」
曖昧に返事した。
「あ、そうかあ。そうなんだあ…..」
何も回答していないのに、列のすぐ前にいた女性は、1人納得し、また前を向いた。
「(いや、違うんだ!)」
列のすぐ前にいた女性の背中に、必死に眼で訴えた。
「(違うんだ!怖くなんかないんだ!)」
心中の思いを声として出すと、真意は、言葉とは真逆であることを証明してしまうことは分っていた。
「(ボ,ボクは、『曲がったことが嫌いな男』なんだ。スキーで『曲がる』なんてことはできないんだ!)」
そうだ、エヴァンジェリスト氏は、『曲がったことが嫌いな男』であった。それは事実であった。
「(だから、だから…….『曲がったことが嫌いな男』だから……)」
と、誰に対するものか分らぬ言い訳をして、エヴァンジェリスト氏は、列を離れた。
(続く)
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