「試験ですか?」
搭乗した飛行機のスチュワーデス(CA)が、エヴァンジェリスト氏に声を掛けてきた。
その飛行機で、エヴァンジェリスト氏は、上司であるシショー・エヴァンジェリストと『シショー’s シート』(スチュワーデス(CA)が座る席の向いの席)に座っていた。
しかし、その時、シショーは、前(前の席に座るスチュワーデス)を見る余裕がなかった。
シショーは、部下ではあるがエヴァンジェリスト氏に『講演』の内容、仕方について、教えてもらっていたのだ。
エヴァンジェリスト氏は、営業であるが、自身の取扱商品をを購入されたお客様社員向けに行なっており、その『講演』をシショーもされることになったのだ。
二人の前には、席に着いたスチュワーデス(CA)が美脚を見せ、二人の方を見て、微笑みを浮かべていたが、シショーは、前の席に座ったスチュワーデス(CA)を美脚に目もくれず、
「エヴァちゃん、ここなんだけどさあ…..」
とか、
「ここは、これでいいの?」
等と、フライトの間中、エヴァンジェリスト氏に質問ばかりしていたのだ。
そして、飛行機が目的地の空港に着陸し、席の上の手荷物入れから取り出した鞄に『講演』用の資料を入れようとしていた時に、二人の前の席にいたスチュワーデス(CA)が、エヴァンジェリスト氏に声を掛けてきた。
「試験ですか?」
「あ、いえ、そうではないんですが」
「大変ですねえ。ふふ」
「ええ、まあ」
「お疲れ様でした。ふふ」
スチュワーデス(CA)は、もっとエヴァンジェリスト氏と話したい様子であったが、その時、出口の扉が開いた。
邪心のないエヴァンジェリスト氏であったが、その時のスチュワーデス(CA)の『異変』に気付かないではなかった。
スチュワーデス(CA)は、エヴァンジェリスト氏をどんな男と思っていたのであろうか?
『シショー’s シート』のすぐ横の扉が開き、そこからボーディーング・ブリッジに足を踏み出すエヴァンジェリスト氏の背中を、そのスチュワーデス(CA)は凝視めた。
そして、スチュワーデス(CA)は、自身の唇から濡れた舌を少し出し、エヴァンジェリスト氏にもその横に立つシショー・エヴァンジェリストにも他の誰にも気付かれぬよう、その舌で、唇に塗ったピンクの口紅をそっと舐めた。
そうスチュワーデス(CA)は、エヴァンジェリスト氏をどんな男と思っていたのであろうか?彼女の眼は、エヴァンジェリスト氏の背中をどんな思いで追ったのであろうか?
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隣に座っていた男の方が明らかに歳上だが、その男に対して、何やら難しそうなことを教えている。ハンサムな人気大学教授であろうか?
大学教授ではないが、何かの関係の文化人で、テレビでコメンテーターでもしている人であろうか?そう云えば、何かのテレビ番組でお見かけしたことがあるような気もする。
独身だろうか?左手薬指に指輪をしていらっしゃらない。いや、結婚していてもいなくても、そんなことは構わない。
今晩は、お泊りなのだろうか?どちらのホテルなんだろう?もし、自分のホテルと一緒で、たまたま、そう、たまたまホテルのロビーでお会いしたら…….
「あら、今日のフライトのお客様ですわね」
その時は、思い切って、そう声を掛けてみよう。
「あ!スチュワーデスさんですね」
「ええ」
「これもご縁ですから、ホテルのバーで一杯、如何ですか?」
そう云われたら、お断りはしないでおこう。お酒は弱い方ではないが、今晩は酔ってしまいそうだ。酔いはしなくとも、酔ったふりをしよう。
酔ってしまったら、気付いた時、自分はどこにいるのだろう………
或いは、酔ったふりをして、あの方に我が身をお任せしたら、どこに連れて行かれるのだろうか?
ホテルにチェックインしたら、部屋で直ぐに、下着を新しいものに替えておこう。備えあれば憂いなしだ。
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........その場に、ピエール・トンミー氏が居合せたら、そのスチュワーデス(CA)の表情から彼女の心理をそんな風に読み取ったかもしれない。
そして、ピエール・トンミー氏は、エナメル質を損傷させる程、歯軋りをしたであろう。
しかし、エヴァンジェリスト氏は、何事もなかったかのように(実際に、何事もなかったのではあるが)、飛行機を降りた。
そして、到着した出張先のホテルで、スチュワーデス(CA)に遭遇することもなかった。
スチュワーデス(CA)から、
「今日は、ハワイからですか?」
と声を掛けられようと、
「試験ですか?」
と声を掛けられようと、エヴァンジェリスト氏の貞操は守られたのであったが、三度、エヴァンジェリスト氏に『危機』が訪れたのであった。
それは、2002年11月8日、長崎を11:35発のJAL184便でのことであった……..
(続く)
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