出張帰りのある地方空港でのことであった。
エヴァンジェリスト氏とシショー・エヴァンジェリストとは、仕事が予定より早く終ったので、一つ早い飛行機便で帰京することとした。
予約変更は難なくできたものの、問題が生じた。
座席について、シショーは、当然、『シショー’s シート』を希望したが、『シショー’s シート』は、喫煙席の分しかなかったのだ。『シショー’s シート』とは、スチュワーデス(CA)が座る席の向いの席のことである。
「エヴァちゃん、どうする?」
とシショーに訊かれ、エヴァンジェリスト氏は、
「あ、私は禁煙席にして下さい。シショーは、お好きになさって下さい」
と即答した。
「あ、そ……」
と肩を落としたシショーは、
「じゃ、私も禁煙席にして下さい」
と、JALのグランドスタッフに、そうお願いしたのであったが……..
JALのグランドスタッフに一便早い飛行機の禁煙席をとってもらったエヴァンジェリスト氏とシショー・エヴァンジェリストは、JALのカウンターを離れ、空港ビル2階の出発フロアへのエスカレターに向って歩いて行った。
JALのカウンターを離れ、10歩程行ったところで、エヴァンジェリスト氏が、ふと横を見ると、並んで歩いていたはずのシショーがいない。
振り向いて見ると、3-4歩後ろで、シショーが立ち止っていた。その顔にはなんだか悲愴感が漂っていた。
「エヴァちゃん……..」
シショーはため息交じりの声でそう云った。
「俺、やっぱりあの席にするわ。喫煙席でもいいから」
そう云うと、シショーは、JALのカウンターに戻って行った。
しばらくして、カウンターを離れ、JALの細長いチケットを片手にひらつかせながら、シショーはエヴァンジェリスト氏のもとに戻ってきた。
「替えてもらったよ」
シショーの口元が緩んでいた。
「ああ、良かったですね」
「エヴァちゃん、君はいいのかい?」
「ええ、私は、タバコは嫌なので」
「悪いねえ、俺だけで」
何が悪いのか分らなかったが、エヴァンジェリスト氏は、敬愛する上司がご満足でいらっしゃるなら、何が悪かろうと良かろうと、構わなかった。
「いやね、俺、狭いところ本当にダメなんだよ」
そのことはもう存じ上げていた。
「俺ね、閉所恐怖症なんだよ」
それもよく存じ上げている。
「だからね、あの席がいいんだ。でも、通路側だよ。窓側はさ、出っ張ってるやつがあるじゃない。あれがダメなんだよ。何しろ、俺、閉所恐怖症だからさあ」
シショーが繰り言が多いことは承知していたが、少々しつこい、と感じたものの、エヴァンジェリスト氏は一言、答えた。
「ああ、良かったですねえ」
「ああ、良かったよお、本当に」
こうして、シショー・エヴァンジェリストは、憑き物が取れたかの如く、軽やかな足取りで出発フロア(2階)へのエスカレーターに向ったのであった。
それからしばらくしたある日、エヴァンジェリスト氏はまた、シショー・エヴァンジェリストと一緒に地方出張をした。
往路便の飛行機の機内で、二人は並んで座っていた………
(続く)
0 件のコメント:
コメントを投稿