スチュワーデス(CA)が座る席の向いの席が、シショー・エヴァンジェリスお気に入りの席であった。
エヴァンジェリスト氏を含む会社の部下たちは、その席を、『シショー’s シート』と呼んだ。
ある時、エヴァンジェリスト氏は、シショーに、
「シショーは、スチュワーデス(CA)の前の席がお好きなんですね」
と、訊いたところ、シショーは、
「いや、違うんだよ。俺、閉所恐怖症なんだよ」
と言い訳を言い出した。
「狭いところ苦手なんだ。だって、飛行機の席って前の席と近いだろ、あれ、苦手なんだよ。だからさ、スチュワーデス(CA)の前の席って、前が空いてるだろ。だから、あそこがいいんだよ。でもさ、あれだよ。スチュワーデス(CA)の前の席っていっても、通路側だよ。窓側はさ、出っ張ってるやつがあるじゃない。あれがダメなんだよ。何しろ、俺、閉所恐怖症だから」
閉所恐怖症だから、というシショーの理屈には、一応の説得力はあったが、シショーは別の時、こう仰言ったこともあった。
「スチュワーデス(CA)と話するのがいいんだよね。へへ」
その時も、一応の理屈はおつけであった。
「だってね。スチュワーデス(CA)って、地方の美味しい店、色々と知っているんだよ。出張先の街のいい店が、分るんだよ、彼女たちと話してると」
しかし、シショーのそんな理屈は、やはり言い訳に過ぎないのでは、と思わせる出来事があったのだ。
エヴァンジェリスト氏が、シショー・エヴァンジェリストと一緒に出張した帰りのある地方空港でのことであった。
その時の出張は、仕事が予定より早く終ったので、一つ早い飛行機便で帰京することとした。
空港に着き、二人は、JALのチェックイン・カウンターに行った。便変更をする為である。当時は、まだネット社会になっていなかったので、今(2017年)のようにネットで予約変更をすることはできなかったのだ。
前の便に空席はあり、予約変更は可能であった。
しかし、問題が生じた。
「スチュワーデスの前の席にして頂けますか?」
座席については、シショーは、当然、『シショー’s シート』を希望した。エヴァンジェリスト氏と並んだ2人分の席である。
JALにグランドスタッフの女性は、
「少々、お待ち下さい」
と云って、システムで席の確認を行った。そして、
「お席は用意できるのですが、喫煙席になります。宜しいでしょうか?」
今(2017年)からすると、信じられないことであるが、当時は、飛行機の中は全面禁煙ではなかったのだ。
禁煙席と喫煙席と別れていた。
「エヴァちゃん、どうする?」
困った顔をしてシショーが、部下に訊いた。エヴァンジェリスト氏もシショー・エヴァンジェリストもタバコは吸わなかった。
「あ、私は禁煙席にして下さい」
エヴァンジェリスト氏は即答した。
喫煙席なんてとんでもなかった。エヴァンジェリスト氏は今もそうだが、タバコを吸ったことは一度もなかった。タバコの煙、臭いは大嫌いであった。
飛行機で禁煙席に座ったものの、すぐ後ろが喫煙席、ということがあった。
禁煙席と喫煙席との間には壁がある訳でも、空気のカーテンがある訳でもなかった。禁煙席のすぐ後ろが喫煙席になっていたのだ。
その時、禁煙席に座ったものの、背後からのタバコの煙、臭いに苦しめられた。
禁煙席でも席によっては(喫煙席の近くの席だと)辛いのだ。ましてや、喫煙席になんか座っていられない。
だから、エヴァンジェリスト氏は、
「あ、私は禁煙席にして下さい」
と即答したのだ。
「あ、そ……」
シショーは眉をへの字にし、息を吐いた。
「シショーは、お好きになさって下さい」
エヴァンジェリスト氏は、敬愛する上司の気持ちを知っていたので、そう申し上げた。
「あ、そ……」
シショーのお言葉には、やはり力がなかった。
「じゃ、私も禁煙席にして下さい」
文字通り肩を落としたシショー・エヴァンジェリストは、JALのグランドスタッフに、そうお願いした。
(続く)
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