(夜のセイフク[その28]の続き)
「(中を見せる訳にはいかない)」
ビエール・トンミー君は、女子生徒の手から冊子『何会』を奪うと、鞄に入れた。女子生徒は、冊子『何会』の表紙をめくろうとしたのだ。
「(『月にうさぎがいた』なんて文字を目にしたら、あの子はどう思うだろう?)」
1970年の広島県立広島皆実高校1年7ホームの教室である(クラスのことを皆実高校では『ホーム』と呼んだ。今もそうかもしれない)。昼休みであった。
「(『みんなあ、『月にうさぎがいた』じゃてえ。ビエ君、おかしいんじゃないん?』と、きっと教室中に聞こえるように云うだろう)」
冊子『何会』を手にした女子生徒のことは特別好きではなかった。好きな子は、クラス(ホーム)の中に別にいた。
その好きな子に、『月にうさぎがいた』なんて読み物を自分が持っていることを知られたくはなかった。
いや、その子だけではなく、同級生の誰にも知られたくはなかった。
「(ボクは、優等生だ。牛田中学でもそうであったし、この皆実高校でもそうだ。エヴァ君を除けば、ボクに成績で敵う生徒はいない。そのボクが、『月にうさぎがいた』なんて読み物を持っていることを知られたら…..)」
クラス(ホーム)中の同級生が自分の方を見て、嘲笑する様子がまぶたに浮かんで来た。
「(いや、違うんだ!『月にうさぎがいた』を書いたのは、ボクじゃあないんだ)」
まだ生じてもいない事象に対して弁解を始めていた。
(続く)
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