(夜のセイフク[その31]の続き)
「(エヴァ君ともあろう男が、ただただ『月にうさぎがいた』なんて戯けたものを書く訳がないのではないか)」
しかし、ビエール・トンミー君が読まされた冊子『何会』の巻頭読み物である『月にうさぎがいた』の内容は、本当にくだらない、というか、内容なんて何もない。
宇宙飛行士が月にうさぎがいるのを発見するだけの話だ。
「(だが、あそこまでくだらないのは、むしろ妙ではないか!)」
月で発見したうさぎを地球に連れ帰るだけの話だ。そして、宇宙飛行士が、連れ帰ったうさぎと会見に臨むだけの話だ。
「(くだらなさに、何か謎が秘められているのではないのか?)」
謎かけかもしれぬ、ということだ。
実際、ビエール・トンミー君は既に、『月にウサギがいた』に囚われている。『月にウサギがいた』の謎に囚われている。
「家でゆっくり読めばいいさ」
と云った時、エヴァンジェリスト君は、笑顔を見せた。
「(あの笑顔は、ボクへの、我々へのエヴァ君の挑戦ではないのか?)」
エヴァンジェリスト君の笑顔に深淵が見えて来た….ような気がする。
1970年の広島県立広島皆実高校1年7ホームの教室である(クラスのことを皆実高校では『ホーム』と呼んだ。今もそうかもしれない)。昼休みであった。
「(『月にうさぎがいた』に、内容、テーマなんてないのだ。いや、あってはいけないのだ)」
深淵を秘める笑顔の持ち主は、1年7ホームの教室の入り口近くに座るミージュ君に何か話しかけていた。
「もうすぐだからね。ビエ君が読んだら、次は君だからね」
とでも云っているように見えた。
「(テーマがないことが、テーマなのかもしれない….)」
エヴァンジェリスト君に話しかけられているミージュ・クージ君は、少し口を開け、エヴァンジェリスト君の話を聞いている。
「(ミージュ君も、囚われてしまうのだろうか?)」
(続く)
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