2022年2月3日木曜日

【牛田デラシネ中学生】変態の作られ方[その128]

 


「いやいや、裸で綿菓子なんか食べやしないよ」


と、『少年』の父親は、『西大寺』の『会陽』というお祭について、『少年』自身も妙だと思う想像を否定した。牛田方面に向う『青バス』(広電バス)の中であった。


「男たちが裸になって、といっても、褌というか、まわしはしめているんだけど、裸姿の男たちが、『宝木』(しんぎ)を取り合うんだ」


と、『少年』の父親は、またもや『少年』が聞いたこともない言葉を口にした。広島の老舗デパート『福屋』本店の南側出口(えびす通り玄関)を出た『少年』とその家族が、帰宅の為、えびす通りをバス停に向い、えびす通りと中央通りとの交差点の横断歩道近くまで来た時、父親は、中央通りの向こう側に聳える百貨店『天満屋広島店』を指差しながら、『天満屋』の歴史を語り出した。そして、『天満屋』の創業の時代、『文政』年間に、『シーボルト』が来日した、と説明し、更に、その『シーボルト』が、オランダ人として日本に入国したものの、実はドイツ人の医者であったこと、更には、日本の女性との間に娘をもうけたことを説明したところ、『少年』が、『シーボルト』は日本で日本の女性と結婚したんだね、と確認してきた為、当時(江戸時代)の結婚というものの説明まで始めることとなり、結婚の際に必要となった書類の説明や、それに関連した宗教、宗派のこと等を説明し、更に、国際結婚が認められるようになった歴史や、それに関連して『ナポレオン法典』やその翻訳にあたった人物等についても説明していくにつれて、話のテーマは、『結婚とは何か?』という根元的なものへと展開し、『通い婚』時代の儀式や、そこから天皇制と一般人民の歴史といった思い掛けない方向へと行ったが、ようやく『シーボルト』と日本の女性との『結婚』に話が戻り、更に、『シーボルト』とその日本の女性との間にできた娘『イネ』が日本初の女医であったことを紹介した。しかし、その『イネ』が医学を学んだのは、父親の『シーボルト』ではなく、『シーボルト』の弟子の『二宮敬作』であり、そうなったのは、『シーボルト』が『イネ』の2歳の時に国外追放となった為であることを説明し、国外追放となったのは、1829年(文政12年)であり、その年はまさに『天満屋』創業の年であったことに触れ、話はようやく『天満屋』の歴史に戻ってきたのであったが、説明はまた、『天満屋』発祥の地にある寺院『西大寺』の『会陽』というお祭へと派生していっていた。


「『しんぎ』?」

「ああ、宝の木と書いて『宝木』(しんぎ)というんだ。これを撮ったものが『福男』とされ、福を得られる、とされているんだ。尤も、『宝木』は、最初は、木ではなく、『牛玉・西大寺・寶印』(ごおう・さいだいじ・ほういん)と書かれた厄除けのお札だったんだそうだ」


と、『少年』の父親は、取り出したままにしていた手帳に、自身のモンブランの万年筆で、『牛玉・西大寺・寶印と書いた。


「え?『牛』の『玉』が『ごおう』なの?」

「ああ、『牛玉』は、『牛』に黄色の『黄』とも書くんだけど、これは、牛の胆石を陰干しにして作る黄色い薬のことなんだそうだ。それで、疫病除けになるということなんじゃないかな」

「でも、どうして『牛』が『ご』で、『玉』が『おう』なの?」

「ああ、『牛』は、サンスクリット語だと『ゴ』らしいんだ。『玉』は、元々は、天がついてなくて『王」という字と同じだったらしいからなあ」

「また、サンスクリット語なんだね」


『少年』は、『袈裟』が、『サンスクリット語』の『カシャーヤ』であり、『檀那』が、『サンスクリット語』の『ダーナ』であったことを思い出した。


で、この『牛玉・西大寺・寶印』と書かれた厄除けのお札を信徒に与えたら、豊作になったり、厄が除けられたと評判になって、皆が欲しがるようになったので、集った信徒の上にそれを投げるようになったが、紙だと破れちゃうから木にしたらしい。その『宝木』を1万人もの裸の男たちが取り合う壮絶な祭で、日本三大祭の一つとされることもあるのが、『西大寺』の『会陽』なんだ」




「ええー!1万人も!そんな凄いお祭があるところで、『天満屋』は創業したんだね!でも…」


と、『少年』が、まだ何か疑問を残している様子を見せた時、


「いや、『洋子』ちゃん、違うんだ…」


バスの中の他の誰にも聞き取れない程度の小さな声が、震える唇で叫んだ。どうやら、広島の進学校である広島県立広島皆実高校の出身で、『ハンカチ大学』の商学部に在籍しているようであるその声の主、いや、今や元素記号を音にしたようなものを発する主は、その時、同じ『青バス』(広電バス)に乗り合わせた美少女、前年(1966年)にテレビ・ドラマ化もされた三浦綾子・原作の『氷点』のヒロインの少女『陽子』を演じる『内藤洋子』に似た美少女を『源氏物語』の『若紫』と見立て、『光源氏』のように、『新手枕』の翌朝に、彼女から恨まれたいというサディスティックでもありマゾヒスティックでもあるような感情を抱いたが、それが単なる感情ではなく、彼の肉体にある『変化』をもたらした結果、元素記号を音にしたようなものを、彼が発したことに気付いたのか、その美少女は、彼の方に睨むような視線向けてきたのだ。


(続く)




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