2022年2月10日木曜日

【牛田デラシネ中学生】変態の作られ方[その135]

 


「ああ、犯人の『和賀英良』(わがえいりょう)こと『本浦秀夫』(もとうらひでお)は、天才音楽家になってたんだが…」


と、『少年』の父親は、『少年』の反応に首を傾げながら、松本清張の推理小説『砂の器』の犯人の名前を出した。牛田方面に向う『青バス』(広電バス)の中であった。


「ああ…」


と、『少年』の父親は、何かに思い当たったようであった。広島の老舗デパート『福屋』本店の南側出口(えびす通り玄関)を出た『少年』とその家族が、帰宅の為、えびす通りをバス停に向い、えびす通りと中央通りとの交差点の横断歩道近くまで来た時、父親は、中央通りの向こう側に聳える百貨店『天満屋広島店』を指差しながら、『天満屋』の歴史を語り出した。そして、『天満屋』の創業の時代、『文政』年間に、『シーボルト』が来日した、と説明し、更に、その『シーボルト』が、オランダ人として日本に入国したものの、実はドイツ人の医者であったこと、更には、日本の女性との間に娘をもうけたことを説明したところ、『少年』が、『シーボルト』は日本で日本の女性と結婚したんだね、と確認してきた為、当時(江戸時代)の結婚というものの説明まで始めることとなり、結婚の際に必要となった書類の説明や、それに関連した宗教、宗派のこと等を説明し、更に、国際結婚が認められるようになった歴史や、それに関連して『ナポレオン法典』やその翻訳にあたった人物等についても説明していくにつれて、話のテーマは、『結婚とは何か?』という根元的なものへと展開し、『通い婚』時代の儀式や、そこから天皇制と一般人民の歴史といった思い掛けない方向へと行ったが、ようやく『シーボルト』と日本の女性との『結婚』に話が戻り、更に、『シーボルト』とその日本の女性との間にできた娘『イネ』が日本初の女医であったことを紹介した。しかし、その『イネ』が医学を学んだのは、父親の『シーボルト』ではなく、『シーボルト』の弟子の『二宮敬作』であり、そうなったのは、『シーボルト』が『イネ』の2歳の時に国外追放となった為であることを説明し、国外追放となったのは、1829年(文政12年)であり、その年はまさに『天満屋』創業の年であったことに触れ、話はようやく『天満屋』の歴史に戻ってきたところ、説明はまた、『天満屋』発祥の地にある寺院『西大寺』の『会陽』というお祭へと派生していっていたが、『少年』は、『天満屋』の創業へと話を戻してきた。しかし、『天満屋』の創業時の業態である『小間物屋』の『コマ』へと、話は再び、派生し、その『コマ』は、朝鮮の『高麗』のことともされているが、『高麗』をどうして『コマ』と読むのか、『少年』は理解できないまま、『高麗』こと『高句麗』は、果たして朝鮮なのか、はたまた中国なのかという命題に飲まれ、更には、そもそも『国』とは何か?『何々人』とは何か、という小学校を失業したばかりの『少年』には難解すぎる命題を突きつけられてしまったものの、『少年』の父親は、更に、『ツングース』と『出雲』、更に更に『松本清張』の推理小説『砂の器』を持ち出し、『少年』を混乱の極みへと追い込んでいったのだ。しかし、『少年』は、『砂の器』の犯人が天才音楽家だったということを知り、頭脳の混乱よりも心の混乱に追い込まれたようであった。


「うーん、まあ、そうだなあ。『和賀英良』は、才能があったんだろうな。確かに、ピアニストになるには、それも天才的な音楽家になるのは、普通、小さい頃からピアノなんかを習って、音楽大学なんかに行ったりしないといけないとは思うんだが、和賀英良』は、『ヌーボーグループ』という前衛音楽家のグループに入って、普通とは違う形で音楽の道に入ったようなんだよ」


『少年』の父親は、訊かれもしないのに、『少年』に対して、松本清張の推理小説『砂の器』の犯人が、恵まれない環境にありながら天才音楽家になったという一般には理解が難しい経緯について説明した。後年の野村芳太郎監督の映画『砂の器』では、『和賀英良』は天才ピアニストにして作曲家となっているが、原作の小説では天才的な音楽家となのであった。


「人にはそれぞれ向き不向きはあるさ」


という父親の慰めのような言葉の意味を『少年』は理解した。


「あの先生は、少し若過ぎたかもしれないな」


『少年』は、父親が口にした『あの先生』が誰かも理解した。


「(そうだ。先生は、若かった。そして、綺麗だった。指も顔も白く、綺麗だった)」


『少年』は、前日まで住んでいた山口県宇部市琴芝で、自分にピアノを教えてくれていた音大出身の20歳台の女性を思い出していた。当初、ヤマハの音楽教室に通っていたが、途中からピアノの家庭教師に習うようになったのだ。




「(そして、『すず』先生は、いい匂いがした…)」


と、『少年』が鼻腔を広げ、今そこにはいない『すず』先生の匂いを吸い込むようにした。


「若くて、教え方が上手くはなかったかもな」


父親は、何をさせても優秀な息子が、ピアノだけは途中で挫折したことを云っていたのだ。


「(いや、あの匂いのせいだ)」


『すず』先生は、素敵な女性だった。素敵すぎる女性であった。先生が素敵なら、気に入ってもらおうと頑張るものだし、『少年』も実際、最初は頑張ったが、『すず』先生の体が放つ匂いは芳し過ぎた。レッスンの最中に、体が、誰にも云えぬある『異変』に見舞われるようになり、ピアノを弾くのも困難な程になったのだ。そんな時、『すず』』先生は結婚し、宇部を離れることになった。その後、『少年』はピアノを習うことはなかった。


「ビエールは、ピアノよりも勉強の方に才能があるからなあ。記憶力と理解力は本当に凄いと思うぞ」


という父親の言葉に、『少年』は、膨らませていた鼻腔を緩め、我に戻った。


「犯人の『和賀英良』がいた出雲は、どうして『ズーズー弁』を使うの?」


と、『少年』が、動揺から己を持ち直し、あらためて父親に疑問を呈した時、


「似ているのは、当然だ…叔母と姪との関係ではないが、母娘だから、もっと似ている…Ng


バスの中の他の誰にも聞き取れない程度の小さな声が、呟き続けていた。どうやら、広島の進学校である広島県立広島皆実高校の出身で、『ハンカチ大学』の商学部に在籍しているようであるその声の主、いや、今や元素記号を音にしたようなものを発する主は、その時、同じ『青バス』(広電バス)に乗り合わせた美少女、前年(1966年)にテレビ・ドラマ化もされた三浦綾子・原作の『氷点』のヒロインの少女『陽子』を演じる『内藤洋子』に似た美少女を『源氏物語』の『若紫』と見立て、『光源氏』のように、『新手枕』の翌朝に、彼女から恨まれたいというサディスティックでもありマゾヒスティックでもあるような感情を抱いたが、それが単なる感情ではなく、彼の肉体にある『変化』をもたらした結果、元素記号を音にしたようなものを、彼が発したことに気付いたのか、その美少女から睨むような視線向けられ、その視線に耐えきれず、自らの視線を股間に落とし、そこに、『ごめん』と詫びなければけいけない『証拠』を確認したのだったが、更に、その美少女の母親からも睨むような視線向けられ、『証拠』に『証拠』を重ねる働きをしたのであった。そして、その母親の顔を見て、現実には見たことのない『源氏物語』の『藤壺』と認識したのであった。云うまでもなく、『藤壺』は『若紫』の叔母で、その2人は似ていたが、目の前にいるに『藤壺』は『若紫』は、母と娘とであったのだ。


(続く)




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