2022年2月7日月曜日

【牛田デラシネ中学生】変態の作られ方[その132]

 


「ああ、まだ『ツングース』のことは知らなかったかな?」


と、『少年』の父親が、我が息子ながら聡明な『少年』への対抗心をのぞかせた言葉を口にした。牛田方面に向う『青バス』(広電バス)の中であった。


「うーむ、聞いたことはあるような気はするんだけど」


と、『少年』が、悔しさを押し殺したように、そう云った。広島の老舗デパート『福屋』本店の南側出口(えびす通り玄関)を出た『少年』とその家族が、帰宅の為、えびす通りをバス停に向い、えびす通りと中央通りとの交差点の横断歩道近くまで来た時、父親は、中央通りの向こう側に聳える百貨店『天満屋広島店』を指差しながら、『天満屋』の歴史を語り出した。そして、『天満屋』の創業の時代、『文政』年間に、『シーボルト』が来日した、と説明し、更に、その『シーボルト』が、オランダ人として日本に入国したものの、実はドイツ人の医者であったこと、更には、日本の女性との間に娘をもうけたことを説明したところ、『少年』が、『シーボルト』は日本で日本の女性と結婚したんだね、と確認してきた為、当時(江戸時代)の結婚というものの説明まで始めることとなり、結婚の際に必要となった書類の説明や、それに関連した宗教、宗派のこと等を説明し、更に、国際結婚が認められるようになった歴史や、それに関連して『ナポレオン法典』やその翻訳にあたった人物等についても説明していくにつれて、話のテーマは、『結婚とは何か?』という根元的なものへと展開し、『通い婚』時代の儀式や、そこから天皇制と一般人民の歴史といった思い掛けない方向へと行ったが、ようやく『シーボルト』と日本の女性との『結婚』に話が戻り、更に、『シーボルト』とその日本の女性との間にできた娘『イネ』が日本初の女医であったことを紹介した。しかし、その『イネ』が医学を学んだのは、父親の『シーボルト』ではなく、『シーボルト』の弟子の『二宮敬作』であり、そうなったのは、『シーボルト』が『イネ』の2歳の時に国外追放となった為であることを説明し、国外追放となったのは、1829年(文政12年)であり、その年はまさに『天満屋』創業の年であったことに触れ、話はようやく『天満屋』の歴史に戻ってきたところ、説明はまた、『天満屋』発祥の地にある寺院『西大寺』の『会陽』というお祭へと派生していっていたが、『少年』は、『天満屋』の創業へと話を戻してきた。しかし、『天満屋』の創業時の業態である『小間物屋』の『コマ』へと、話は再び、派生し、その『コマ』は、朝鮮の『高麗』のことともされているが、『高麗』をどうして『コマ』と読むのか、『少年』は理解できないまま、『高麗』こと『高句麗』は、果たして朝鮮なのか、はたまた中国なのかという命題に飲まれていっていた。


「『ツングース』は、ツングース語を話す人たちで、満州北部やシベリア東部、更には、カムチャッカや樺太なんかに住む人たちのことなんだ」

「じゃあ、『ツングース』系の民族の国だった『高句麗』は、やっぱり朝鮮ではなく、中国だった、ということ?」

「いや、そもそも『朝鮮』とは何か?『中国』とは何か?『朝鮮人』とは何か?『中国人』とは何か?に依るだろうな」

「『朝鮮』に住む人が『朝鮮人』で、『中国』に住む人が『中国人』ではないのあ?」

「まあ、それも一つの定義ではあるだろうが、国というものは、地理的にはっきりしているようでそうでもないんだ。例えば、『台湾』は、『中国』か?」

「え?あ…『中国』じゃないのかなあ…」

「我々、日本人は、『台湾』の人に会うと、『中国』の人と思うものだが、『台湾』は、『中華人民共和国』の人ではないだろ。『中華人民共和国』を『中国』とすると、『台湾』は『中国』ではないことになる。でも、今、国連での『中国』の代表権は、『台湾』、つまり、『中華民国』が持っているが、『中華人民共和国』は、自分たちこそ『中国』であり、『中国』の代表権を持つべき、と主張しているんだ」


『少年』の父親が、そう云った4年後(1971年)、『アルバニア決議』で、『中華人民共和国』が、国連で『中国』の代表権を持つようになるのであった。




「そして、『中華人民共和国』は、『台湾』を自分たちの国の一部と思っているんだ。でも、『台湾』はそうは思っていない。それに、『中華人民共和国』自体も、いろいろな民族で構成されているんだ。『漢民族』が『中国人』のような印象を持ちがちかもしれないが、『中華人民共和国』には50以上の民族がいるんだ。その中には、『朝鮮民族』だっているんだ」

「え、そうなの?」

「朝鮮半島から移住して、中国、あ、『中華人民共和国』だな、そこの東北部に住むようになった人たちがいるんだ。『朝鮮』だって、歴史的に見ると、いろいろな民族が入ってきているだろう。国境だって、時代と共に変っていくものなんだしな。こう考えると、『中国』って何か?『朝鮮』って何か?『国』って何か?『何々人』って何か?わからなくなりはしないか?」

「うん」

「『ツングース』の人は、シベリアにもいたし、いるんだから、『ソ連』の人でもあるだろうし、『中国』や『朝鮮』にもいただろうから『中国人』でもあり、『朝鮮人』でもある、とも云えるだろうな。それに、『ツングース』の人は、日本にも来た、とも云われているんだぞ」

「え!?」


と、『少年』が、乗っている『青バス』(広電バス)の他の乗客たちが、振り向く程の驚きの声を発した時、


「N、Ng…」


バスの中の他の誰にも聞き取れない程度の小さな声が、再び、呟きでも、呻き声でもなく、どこか元素記号を音にしたようなものとなった。どうやら、広島の進学校である広島県立広島皆実高校の出身で、『ハンカチ大学』の商学部に在籍しているようであるその声の主、いや、今や元素記号を音にしたようなものを発する主は、その時、同じ『青バス』(広電バス)に乗り合わせた美少女、前年(1966年)にテレビ・ドラマ化もされた三浦綾子・原作の『氷点』のヒロインの少女『陽子』を演じる『内藤洋子』に似た美少女を『源氏物語』の『若紫』と見立て、『光源氏』のように、『新手枕』の翌朝に、彼女から恨まれたいというサディスティックでもありマゾヒスティックでもあるような感情を抱いたが、それが単なる感情ではなく、彼の肉体にある『変化』をもたらした結果、元素記号を音にしたようなものを、彼が発したことに気付いたのか、その美少女から睨むような視線向けられ、その視線に耐えきれず、自らの視線を股間に落とし、そこに、『ごめん』と詫びなければけいけない『証拠』を確認したのだったが、何かに、いや、誰かの視線に射抜かれるのを感じた、それが、『証拠』に『証拠』を重ねる働きをしたのであった。


(続く)




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