「エヴァさん、曲がれるよね?」
列のすぐ前にいた女性が振り向いて云ったその言葉を聞いた時、エヴァンジェリスト氏は、『真っ直ぐな』自分は女性に対しても『一途』であったと思った。
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「ウオーッ!」
と叫び声を上げて、ビエール・トンミー氏は、上井草のエヴァンジェリスト氏の下宿の『汲み取り式便所』から飛び出した。1979年のことである。
そして、エヴァンジェリスト氏を責めたが、エヴァンジェリスト氏の妙な反論を受けることとなった。
「君は、本当に『曲がったことが嫌いな男』なのか?ココの『便所』は、『鼻が曲がる』じゃあないか!」
「曲がっているのは、君の『お宝』ではないのか?」
「え!?....な、なんで、それを….」
「図星のようだな。右か左か?」
「そんなことはどうでもいい。君はよくあんな『鼻がひん曲がる』便所を使っているな。『曲がったことが嫌いな男』が笑わせるぜ」
「ああ、君は使わなかったのだな」
「は?何を使うのだ?」
「消臭剤さ。便槽に入れるのだ。トイレの隅の方に置いておいたんだがな。消臭剤でダークエネルギーを消滅させるのさ、ハハハハハ」
何がおかしいのか、エヴァンジェリスト氏は高笑いをした。
「何を云っているのか、分からん!もういい、ボクは帰る!」
そう云うと、ビエール・トンミー氏は、エヴァンジェリスト氏の下宿の玄関(と云っても、ただ扉があるだけだが)に向った。『汲み取り式便所』の猛烈な臭気が鼻について離れなかったのだ。
ビエール・トンミー氏は、その後、『変態』となるが、『常人』から『変態』へと道を『曲げる』ことになった切っ掛けは、友人の下宿の『汲み取り式便所』であったと考えるのであった。
「じゃあな」
と、息を止めたまま、ビエール・トンミー氏は、エヴァンジェリスト氏の下宿の部屋を出た。
草ぼうぼうの庭を通り、ボロボロの木戸を開け、道路に出たが、そこには衝撃がビエール・トンミー氏を待っていた。
エヴァンジェリスト氏の下宿前に止めていたフォルクスワーゲンの『ビートル』のバックミラーに何かかかっていたのだ。駐車違反ロックが付けられていたのである。
「ああ……」
とという吐息と共に、ビエール・トンミー氏は思った。
「アイツのせいだ。あの『汲み取り式便所』のせいだ」
駐車違反が友人のせいでないことは判っていたが、まだ鼻についたまま離れないあの臭気が、ビエール・トンミー氏にそう思わせた。
「はあああ?なーんだい、それ?」
背後からの声にビエール・トンミー氏は振り向いた。
「何、この黄色いの?」
エヴァンジェリスト氏であった。運転免許を持たぬエヴァンジェリスト氏は、駐車違反ロックを知らなかった。
「いいから、放っておいてくれ!」
「はあん?おおお、これ、駐車違反の奴かあ。初めて見た。へええ、こんなんだあ」
と、エヴァンジェリスト氏は呑気に、駐車違反ロックを手に取り、ペタペタさせた。
「それで遊ぶな!」
「ああ、そうだな。これは失敬。これは犯罪の印だものな」
「え!?...犯罪….」
「ああ、犯罪だろ、これって。駐車違反は、犯罪だろ」
「いや、これは…..」
「君は、犯罪者になったんだ」
友人の冷静な言葉に、ビエール・トンミー氏は、その場に立ちすくんだ。
(続く)