「エヴァさん、曲がれるよね?」
列のすぐ前にいた女性が振り向いて云ったその言葉を聞いた時、エヴァンジェリスト氏は、自分は小学生ソフトボール・チームの控えのピッチャーであったが、変化球は投げたことがないぞ、と思った。
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ビエール・トンミー氏は、1979年、友人のエヴァンジェリスト氏が住んでいた上井草の下宿で、『マルちゃんのカップうどんきつね』、『赤いきつね』、『どん兵衛』論争の果て、エヴァンジェリスト氏に、
「美味しけりゃ、『赤いきつね』でも『どん兵衛』でもいいだろう」
と云ってしまい、エヴァンジェリスト氏の興奮をいや増してしまった。
「ああ、情けない。君の方こそ『曲がったことが嫌いな男』だと思っていたのに。いいか、貧乏学生の憐れな下宿生活を支えてくれたのが、『マルちゃんのカップうどんきつね』なのだ。なのに、それを真似たものに乗り換えることなんて!ああ、情けない!ああ、情けない!」
たかがカップうどんのことなのに、と思ったが、ビエール・トンミー氏は、その場から、取り敢えず逃れることとした。
「あ!っ」
「は?なんだ?」
「ん、トイレいいかなあ」
しかし、ビエール・トンミー氏は、そのことを後悔することとになった。
エヴァンジェリスト氏の上井草の下宿は、おばあさんの住む家の離れで、台所スペース付の6畳一間であったが、6畳の間の横についたガラス扉を開けると1畳のスペースがあった。
ガラス扉を後ろ手に閉め、1畳のスペースに入った時、ビエール・トンミー氏は、自分のとったその場凌ぎの行動の過ちに気付いた。
その1畳のスペースには、ファンシーケースが置いてあった。スチール・パイプの骨組みにビニールの布地が貼られた、当時流行りの衣装ケースである。
ファンシーケースの中のハンガーパイプには、ジャケット類が真っ直ぐに並べられ、その下には、畳まれたセーターや下着等が、これもまた歪むことなくきちんと重ねられていた。
その光景を見、そして更に、ファンシーケースの前に置かれたものを見たビエール・トンミー氏は、思った。
「アイツ、相当ヤバイかも」
(続く)
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