「エヴァさん、曲がれるよね?」
列のすぐ前にいた女性が振り向いて云ったその言葉を聞いた時、エヴァンジェリスト氏は、自分は小学生ソフトボール・チームの控えのピッチャーとして変化球を投げたことがないのは、実はピッチャーとして出場したことがないからではあるが、そのことを敢えて誰にも云う必要はあるまい、と思った。
-------------------------------
「ああ、情けない。君の方こそ『曲がったことが嫌いな男』だと思っていたのに。いいか、貧乏学生の憐れな下宿生活を支えてくれたのが、『マルちゃんのカップうどんきつね』なのだ。なのに、それを真似たものに乗り換えることなんて!ああ、情けない!ああ、情けない!」
1979年、友人のエヴァンジェリスト氏が住んでいた上井草の下宿を訪問したビエール・トンミー氏は、
「美味しけりゃ、『赤いきつね』でも『どん兵衛』でもいいだろう」
という迂闊な一言で、友人であるエヴァンジェリスト氏の興奮をいや増してしまった。友人は、極め付けの『マルちゃんのカップうどんきつね』好きであったのだ。
「ん、トイレいいかなあ」
と、ビエール・トンミー氏は、その場から、取り敢えず逃れることとしたが、直ぐにそのことを後悔することとになった。
エヴァンジェリスト氏の下宿は、台所スペース付の6畳一間であったが、6畳の間の横についたガラス扉を開けると1畳のスペースがあった。
ビエール・トンミー氏が、トイレに向かう為、入ったその1畳の間には、ファンシーケース(当時流行りの衣装ケースだ)があり、ジャケットもセーターも歪むことなく、真っ直ぐに並べられていた。
その光景を見、そして更に、ファンシーケースの前に置かれたものを見たビエール・トンミー氏は、思った。
「アイツ、相当ヤバイかも」
ファンシーケースの前には、読み終えられた新聞紙が、角を綺麗に、一分のズレもなく一直線にして積み重ねられ、保存されていたのだ。そんな光景を、他では見たことはなかった。
「アイツも自分と同じく『曲がったことが嫌いな男』だとは思っていたが、アイツの『真っ直ぐ』は度を超している」
と、ビエール・トンミー氏は思った。
しかし、視覚から得たその思いは、嗅覚から来た別の衝撃にかき消された。
「しまった!」
思わず、左手の親指と中指とで自分の鼻をつまんだ。
「臭い!」
そう臭かったのだ。そして、
「そのことを知らないではなかったのに」
と、ビエール・トンミー氏は、自身の行動を悔いた。
6畳の間の隣の1畳の間に入ると右手に木製の扉があり、その扉を見ながら、自身の失敗に気付いたのであった。
(続く)
0 件のコメント:
コメントを投稿