「エヴァさん、曲がれるよね?」
列のすぐ前にいた女性が振り向いて云ったその言葉を聞いた時、エヴァンジェリスト氏は、自分は小学生ソフトボール・チームにいた頃、変化球を投げてくる相手ピッチャーは嫌いだった、と思った。
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1979年、エヴァンジェリスト氏が住んでいた上井草の下宿である。
その下宿は、台所スペース付の6畳一間であったが、6畳の間の横についたガラス扉を開けると1畳のスペースがあった。
カップうどん論争(『マルちゃんのカップうどんきつね』か、『赤いきつね』か、はたまた『どん兵衛』かという論争)で、友人であるエヴァンジェリスト氏を怒らせたビエール・トンミー氏は、
「ん、トイレいいかなあ」
とひとまずトイレに逃げることとし、6畳の間の横の1畳のスペースに入った。
そして、そこでファンシーケース(当時流行りの衣装ケースだ)の中に、ジャケットもセーターも歪むことなく、真っ直ぐに並べられている光景を見た。
そして更に、ファンシーケースの前に、読み終えられた新聞紙が、角を綺麗に、一分のズレもなく一直線にして積み重ねられ、保存されているのを見たビエール・トンミー氏は、思った。
「アイツも自分と同じく『曲がったことが嫌いな男』だとは思っていたが、アイツの『真っ直ぐ』は度を超している」
しかし、視覚から得たその思いは、嗅覚から来た別の衝撃にかき消された。
「しまった!」
思わず、左手の親指と中指とで自分の鼻をつまんだ。
「臭い!」
ビエール・トンミー氏は、自身の行動を悔いた。6畳の間の隣の1畳の間に入ると右手に木製の扉があり、その扉を見ながら、自身の失敗に気付いたのであった。
木製の扉を開けると、そこはトイレになっていたのだ。
扉はまだ開けていなかったが、1畳の間は、トイレの臭気が充満していた。
「そうだった。ここではトイレを使ってはいけなかったのだ」
エヴァンジェリスト氏の下宿のトイレは、ただ臭いのではなかった。猛烈に臭く、そして、その猛烈な臭さは、その構造からきていたのだ。
「トレイに入るのは止めようか」
ビエール・トンミー氏は、そう思ったが、今直ぐ6畳の間に戻ると、友人に『逃げた』ことがバレてしまう……..
それに、本当に少し尿意も催してきていた。
「ええいーっ!」
思い切って、木製の扉を開けた。
「ああーっ…..」
そのトイレを使うのは初めてではなかったので知ってはいたが、そのトイレの光景と、更に増した臭気とに、ビエール・トンミー氏は、打ちのめされた。
(続く)
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