「エヴァさん、曲がれるよね?」
列のすぐ前にいた女性が振り向いて云ったその言葉を聞いた時、エヴァンジェリスト氏は、『真っ直ぐな自分はスプーンも曲げたことがない』と思った。
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「なにいー!」
普段は温厚なエヴァンジェリスト氏が珍しく怒りをあらわにした。
1979年、エヴァンジェリスト氏が住んでいた上井草の下宿で、エヴァンジェリスト氏の友人であるビエール・トンミー氏は、迂闊な言葉を友に吐いてしまったのだ。
エヴァンジェリスト氏の本棚には、『マルちゃんのカップうどんきつね』の空き容器が積み重ねられてできた『塔』と『赤いきつね』の空き容器が積み重ねられてできた『塔』とがあった。
『マルちゃんのカップうどんきつね』は、売れっ子の姉妹漫才コンビの『海原千里・万里』がCMをしていた。そして、『赤いきつね』は、『武田鉄矢』がCMをしていた。
エヴァンジェリスト氏は、二種類の『塔』を見やりながら云った。
「どちらかと云えば、『千里・万里』の方に馴染みがあったのに」
「だったら、『赤いきつね』なんて食べなければいいだろう。『マルちゃんのカップうどんきつね』っていうのか、『センリマリ』のCMの方の奴を食べればいいではないか」
「いや、そうもいかないのだ」
「いや、そうもいかないのだ」
その時なのだ。ビエール・トンミー氏が迂闊な言葉を友に吐いてしまったのは。
「ああ、そうか。君も『曲がったことが嫌いな男』だと思っていたが、『センリマリ』から『武田鉄矢』に乗り換えってことか。ふふん」
「なにいー!」
「な、な、なんだって云うのだ。ボクは、クルマでそこの角を『曲がる』のにも苦労した程に『曲がったことが嫌いな男』だ。君もボクのように『曲がったことが嫌いな男』だと思っていたんだぜ」
エヴァンジェリスト氏の剣幕に気押されながらも、ビエール・トンミー氏はなおも自説を『曲げなかった』。ビエール・トンミー氏は、とことん『曲がったことが嫌いな男』だったのだ。
「なにいー!だったら、君も『マルちゃんのカップうどんきつね』を食べてみろ!」
「いやインスタント・ラーメンなんて、ボクは食べない」
貧乏学生でインスタント麺を主食としていたエヴァンジェリスト氏と違い、金持ちの子弟であるビエール・トンミー氏は、インスタント麺を食べることはなかったのだ。
「『インスタント・ラーメン』ではない。『インスタント・うどん』だ」
「おんなじようなもんだろう」
「何が、『曲がったことが嫌いな男』だ。『インスタント・うどん』を『ネジ曲げて』、『インスタント・ラーメン』と同じにするなんて許せん!」
「そんなのは屁理屈だ。要は、君は、『武田鉄矢』より『センリマリ』の方が好きだっただけだろう」
「『セン○リ』が好きなのは、君の方だろう。いいから、食べてみろよ、もう販売していない『マルちゃんのカップうどんきつね』を」
「は!?」
(続く)
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