「エヴァさん、曲がれるよね?」
列のすぐ前にいた女性が振り向いて云ったその言葉を聞いた時、エヴァンジェリスト氏は、『いや、自分は、運転免許は持っていないぞ』と思った。
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エヴァンジェリスト氏は、1979年、まだ上井草の下宿にいた。
上井草駅の北側にある下石神井商店街を抜けた先の民家の離れである。
買ったばかりのフォルクスワーゲンの『ビートル』でエヴァンジェリスト氏の下宿の前の道への交差点を幾度もハンドルを切って、無理無理曲がってしまったからか、ビエール・トンミー氏は、その日、嫌いな『曲がった』ことをしてしまった。
帰ろうとすると、バックミラーに駐車違反ロックが付けられていたのだ。免許を取って初めてクルマを運転したその日に、『犯罪』を犯してしまったのだ。
しかし、エヴァンジェリスト氏の下宿の部屋にいる間は、自身の『犯罪』にまだ気付かず、友人の本棚を眺め、ビエール・トンミー氏は、自分だけではなく友人(エヴァンジェリスト氏)も『曲がったことが嫌い』なのだなあ、と思っていた。
友人の本棚には、かなりの数のどんぶり型のカップ麺の空き容器が書籍の前のスペースに積み重ねられていたのだ。
カップ麺の空き容器は、『曲がる』ことなく、真っ直ぐに綺麗に重ねられていた。積み重ねられた容器の『塔』は、幾本にもなっていた。
そして、容器の側面に書かれたラベルも、どの『塔』でもきちんと正面に向けられていた。
ビエール・トンミー氏は、自分も『曲がった』ことが嫌いだが、友人も『曲がったことが嫌いな男』であることを確認し、気持ちが良かった。
しかし、1点気になることがあった。
ある『塔』のラベルは、青地に白い文字で『カップうどん』と書かれ、ある『塔』では、赤地に白い文字で『赤いきつね』と書いてあったのだ。
『曲がったことが嫌いな』ビエール・トンミー氏は、友人に訊いた。
「どうして、『カップうどん』と『赤いきつね』とがあるの?」
カップ麺の種類の不統一が気に入らなかったのだ。
(続く)
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