「何、これ?」
ビエール・トンミー氏は、落としたiPhone X を拾おうと手を伸ばしたが、先にiPhone X を拾った手があった。
「え?」
顔を上げた。妻であった。いつの間にか、バスローブが中で回る洗濯機が置かれた風呂の脱衣場に戻ってきていたのだ。
「アータ、嫌だあ、こんなのお」
マダム・トンミーが、拾った夫のiPhone X の画面を見て、眉毛を『ハ』の字にし、口をアヒル口にして、嫌悪の言葉を吐いた。
「いや、それは…」
ビエール・トンミー氏は、固った。金髪の外国人女性が全裸で仰向けになり、正面を見据え、右手を上にあげかけ、左手も何か動かそうとしている状態のあの画像を見られてしまった、と思った。友人のエヴァンジェリスト氏が送ってきたNHKの番組『ヒューマニエンス』の『”体毛”を捨てたサル』のキャプチャー画像を妻に見られてしまった、と思った。
「ふふっ!」
しかし、マダム・トンミーは、笑った。
「へ?」
「おかしな顔お!」
「は?」
「これ、エヴァさん?」
マダム・トンミーが、iPhone X の画面を夫に向けた。先程までエヴァンジェリスト氏と交わしていたiMessageの画面である。画面上部に、相手の、つまり、エヴァンジェリスト氏の写真が表示されていた。『連絡先』アプリのエヴァンジェリスト氏の項に彼の写真を張っているからである。白目を向いた、いつもながらの巫山戯た顔である。
「ああ、そうだよ」
「気持ち悪いけど、面白いわね、ふふっ」
と、もう一度、エヴァンジェリスト氏の写真を見ようとした妻の手から、ビエール・トンミー氏は、iPhone X をもぎ取った。
「やめろ、やめろ、変な夢を見るよ」
妻はまだ、エヴァンジェリスト氏の写真に気を取られ、iMessageの内容は読んでいないようであった。例のキャプチャー画像も、その後のメッセージのやり取りで画面上部に消えていた。友人が少々変な男であることは、妻も知っているので、その巫山戯た顔を見られたのは構わなかったが、iMessageの内容や例のキャプチャー画像を見られる訳にはいかなったのだ。
「そうねえ。…あ、ところで、アータ」
マダム・トンミーは、バスローブが回る洗濯機の中を覗き込むようにして、訊いてきた。
「ん?何?」
ビエール・トンミー氏は、iPhone X の電源ボタンを押して画面を消しながら、妻の方に向いた。
(続く)
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