2021年2月15日月曜日

シンコクの人[後編]

 


「相変らずくどい奴だなあ、君は。『殿堂』、『殿堂』と五月蝿いぞ。だからあ、ボクは、『怪人の殿堂』にも『変態の殿堂』にも関心はない!」


と、ビーエル・トンミー氏は、iPhone X のiMessage送信ボタンを強く押した。


「『怪人の殿堂』とか『変態の殿堂』とか、小さなジャンルの『殿堂』ではないんだ。君が入るのは、『「プロの旅人」の殿堂』さ」


エヴァンジェリスト氏が、ようやく『殿堂』の正体を明かした。


「ふん!どっちにしても興味はない。何に感化されて『殿堂』なんて云い出したのか知らんが、『「プロの旅人」の殿堂』なんて入るもんか」

「いや、入る入らない、はないぞ。君が『「プロの旅人」の殿堂』に入ることはもう決まっているみたいだぞ」

「決まっているみたい、だなんて他人事のような云い方をするな。ボクは、『「プロの旅人」の殿堂』入りなんて、断固辞退する」

「ええ!?辞退するのか?本当か?それはあ…君、本当に大変だなあ」

「はああ?何が大変なんだ。『「プロの旅人」の殿堂』なんてものには入らないだけのことだ」

「「プロの旅人」の殿堂』入りを辞退するには、手続が必要なんだ」

「へ?手続?」

「そうだ。『辞退』申告書を『「プロの旅人」の殿堂』会に提出しないといけないんだ」

「ふ・ざ・け・る・なー!それじゃ、まるで市民税・県民税の申告と同じじゃないか!」

「ルールだから仕方ないんだ。でも、辞退しない方がいいんじゃないかなあ。奥様のこともあるし」

「は?はあ、はあ、はああ?何だ?家内のことって?」

「君のところにまだ案内が届いていないとすると、奥様にも届いていないと思うが、奥様も『「プロの旅人」の殿堂』会入りが決まっているみたいなんだ。奥様が、『「プロの旅人」の殿堂』会メンバーなのに、夫である君がそのメンバーを辞退するのもどうかなあ」

「な、な、なんで家内が、『「プロの旅人」の殿堂』入りなんだ!?」

「最近の『バスローブの男』での功績が認められたようだ。『ナメクジ』プロレスというものを世に知らしめたんだものなあ」

「家内を勝手に、あんなオゲレツ女として描きおって!」

「いや、最最終回の『いいわ!私を落としてえ!』なんて、感動とオゲレツのダブル・スパイラルでなかなかのものだったと思うぞ」

「そんなことはどうでもいい。家内の分もまとめて辞退する!」

「いや、まとめて辞退はできないんだ。『辞退』申告には、本人の同意、本人の署名と面接も必要なんだ。『「プロの旅人」の殿堂』会は、何かと世帯単位でコトを進めようとするどこかの国とは違って、個人を重視するらしい」

「ええー!ダメだ、ダメだ、ダメだ!『プロの旅人』なんてオゲレツBlogの存在を家内に知られる訳にはいかん!そこにボクが登場していること、変態として登場していること、家内自身もそこで『ナメクジ』プロレスをしていることを知られてはまずい!頼む、『「プロの旅人」の殿堂』会に入るから、家内のところに『「プロの旅人」の殿堂』会入りの案内が届かないようにしてくれ!頼む、我が友よ!」


ビーエル・トンミー氏は、顰めっ面でiPhone X のキーボードをトントントーンを打ち、友人というか脅迫者のエヴァンジェリスト氏に対して、iMessageを送信した。そして、


「ふうう…」


と溜息をついた時であった。


「アータ、何、『デンドー』って?」



いつの間にか、台所にいたはずの妻が、リビング・ルームに来ており、ビーエル・トンミー氏のiPhone X を覗き込むようにしてきていた。


「いや、なんでもない。….あ、まさか何か案内でも来たのか?」


ビーエル・トンミー氏は、iPhone X の画面を消しながら、妻に訊いた。


「さっきから『デンドー』、『デンドー』ってブツブツ云ってたけど」

「ええ?....ああ、そうかあ」


恍けてみせた。案内は届いてないらしく、安心した。


「長州力のTwitterでも見てたの?一年前に設立した『プロレス殿堂』会のメンバーの天龍、藤波との写真が載ってるみたいだから」

「ああ、そうだよ」


と、テキトーに妻に話を合わせたものの、ある疑問が浮かんだ。


「(え!?どうして、家内は、長州力のTwitterなんて知ってるんだ。長州力のTwitterを見ているのか?まさかあ….家内は、プロレス好きなのか?『バスローブの男』の家内は、アイツの妄想の産物だと思っていたが…」


と、自分を凝視める妻の視線に気付いた。その視線は、


「(いいわ!私を落としてえ!)」


と云っているように思え、シンコクの人は、シンコクの表情を浮かべた。



(おしまい)



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