「(もし、そのまま残していたら…)」
風呂の脱衣場に置かれた洗濯機の前で、ビエール・トンミー氏は、身震いをした。風呂上りで裸になっていたからではなく、録画しておいたNHKの番組『ヒューマニエンス』の『”体毛”を捨てたサル』を妻が見たら、と思ったからであった。金髪女性の『インモー』が映されているのだ。
「(だから、消したんだ。でも…)」
妻に見られたくなかったから、録画した『”体毛”を捨てたサル』を消したものの、あの『インモー』をもう見ることができないと思うと、HDDレコーダーの『番組消去』メニューを押した自分の右手親指が恨めしくなる。
「(あの声も、あの声も、消してしまったんだ!)」
『”体毛”を捨てたサル』で、『インモー』、『インモー』と云う女性ナレーター、女性アナウンサーの声が、脳内で木霊する。
「(だが、家内があの番組を見たら…!)」
後ろめたさが勝つビエール・トンミー氏の思考は、冷静さを欠いていた。NHKの番組『ヒューマニエンス』の『”体毛”を捨てたサル』は、間違ってもお色気番組、オゲレツ番組ではなく、人間を科学する教養番組なのだが…
「(ああ、ボクが変態だということがバレてしまう!)」
ビエール・トンミー氏は、間違ってはいなかった。普通であれば、30年も『夫婦生活』を続けていれば(ここ最近は、ご無沙汰ではあるものの)、妻は、夫が変態かどうか分っていそうなものだが、マダム・トンミーは、夫のことを、普段は温厚な紳士、ベッドというリングでは獰猛なレスラー、としか理解していないからだ。
「(ああ、あの映画、あの声…)」
と、ビエール・トンミー氏が歯軋りした、その時……
(続く)
0 件のコメント:
コメントを投稿