「うっ!...まだ痛いなあ」
ビエール・トンミー氏は、右手で自らの首を摩りながら、独り言ちた。
昨晩、階段から転げ落ちたのだ。「頭から転がり込んで」落ちたのだ。その結果、首が痛くて頭が回らない。
「アイツのせいだ。何が『5次元』の時空だ。そんな戯けたことを云ってくるからだ」
友人であるエヴァンジェリスト氏のせいで、階段から転げ落ちた、と云うのだ。
「エヴァの奴曰く、『5次元』の時空にいる俺は、JANAホテルの部屋でJANAのスチュワーデスとイイコトをしている、ということなのだ。そんな訳はないと思いつつも、ふとその気にさせられたものだから、俺は久しぶりの妻との『ヒトトキ』の後に、夢遊病のように妻の部屋を出て、『5次元』の世界に行こうとして、いや、自分の部屋に戻ろうして、階段から落ちてしまったのだ」
「畜生!」
「アータ、何か仰って?」
台所から妻が声を掛けてきた。ビエール・トンミー氏は、食卓についていた。
「いや、ちょっと首が痛いだけだ」
「昨晩、ちょっと頑張りすぎたかしらね。ふふ」
昨晩は、久しぶりの『ヒトトキ』を過ごしたので、何だか妻の機嫌がいつもより良い。肌艶もいつも以上にいい。
「ああ、たまにはボクも頑張らないとなあ」
左手で自らの頬を撫でながら、ビエール・トンミー氏は、自身の老いを感じた。10歳下の妻に比べ、自分の肌はもうカサカサだ。老いた……
『ブルルン』
その時、食卓に置いたiPhone X が震えた。
「こんな話、聞いておらんぞ!」
エヴァンジェリスト氏からのiMessageであった。何だか、怒っているようだ。
「何なんだ、このゲラ刷りは!」
ゲラズリ?
「旅行のパンフレットのようだが、こんな企画、聞いたいないぞ!」
旅行の企画?
「『西洋美術史研究家ビエール・トンミー氏と巡るイタリア・フランスの美術を愛でる旅』なんて、ふざけた真似を!」
えっ!?
(続く)
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