「エヴァさん、曲がれるよね?」
列のすぐ前にいた女性が振り向いて云ったその言葉を聞いた時、エヴァンジェリスト氏は、長州力が後に新日本プロレスから全日本プロレスに移るのは、信じ難いことであるが、実は、猪木さんの指示であったことを、まだ知らなかった。
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「ボ、ボ、ボクも、加害者、犯罪者になるんだろうか?あ!........ボ、ボ、ボクは、加害者、犯罪者である『お父さん』の運転するトラックに乗っていたんだ!」
そう思うと、エヴァンジェリスト氏は、動悸がしてきた。
1981年、上池袋の下宿の隣室の隣室に住む50歳台と思しき『お父さん』に頼まれて、『お父さん』のベッドを『上福岡』にある『お父さん』の自宅まで運ぶアルバイトをした。
ベッドを運ぶ2トン・トラックは、『お父さん』が運転した。
そして、『お父さん』が運転するそのトラックは、川越街道で、直ぐ前を走る乗用車にぶつかったのである。しかも、そこは交番の前であった。
「ボ、ボ、ボクも、加害者、犯罪者になるんだろうか?」
自身が加害者、犯罪者になった訳ではないものの、加害者側の人間、犯罪者側の存在となったことに動揺したエヴァンジェリスト氏は、その後のことをよく覚えていない。
大した事故ではなく、特に体に異常はなさそうな被害者と交番に行っていた『お父さん』は逮捕されることなく、トラックに戻り、
「悪かったね。面倒に巻き込んじゃって」
と云ったような気がする。
…………この『トラック事件』により、『お父さん』と親しくなることを、エヴァンジェリスト氏は、その事件の前年(1980年)の『泣き声事件』の時にはまだ知らなかった。
しかし、まだ親しくはなかったが、『泣き声』が、『お父さん』のものでないことに確信はあった。
それは………
そうだ、『トラック事件』の前年(1980年)、エヴァンジェリスト氏は、上池袋の『3.75畳』の下宿で、炬燵を机に修士論文『François MAURIAC論』を書いていると、どこからか泣き声が聞こえて来たのであった。
泣き声がして来ているのは、半間の押入れであった。
「あ……んん……」
微かだが、泣き声が聞こえるものの、押入れの中には勿論、誰もいない。
先ず、隣室から聞こえて来ているのか、と思った。
隣室の住人は、エヴァンジェリスト氏より少し年上の30歳前後と見える『お兄さん』で、極めて普通のサラリーマンのようであった。
尤も、この隣室の『お兄さん』も『曲がったことが嫌いな男』であったのであろうか、トイレのドアの外に立って、そこから小水を飛ばすという妙な性癖の持ち主ではあった。
泣き声は、押入れの隣室との壁から聞こえて来てはおらず、それは、半間の押入れの天井から聞こえてきていた。
隣室ではなく、泣き声は、どこか他の部屋から天井を通して聞こえて来ているようなのであった。
隣室の隣室に住むのは、後に『トラック事件』で親しくなる『お父さん』であったが、
「あ……んん……」
という泣き声は、『お父さん』のものでもなかった。
当時、『お父さん』とまだ親しくはなかったが、『泣き声』が、『お父さん』のものでないことに確信はあった。
何故なら、
「あ……んん……」
というその泣き声は、女性のものであったからなのである。
(続く)
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