「エヴァさん、曲がれるよね?」
列のすぐ前にいた女性が振り向いて云ったその言葉を聞いた時、エヴァンジェリスト氏は、極めて親しい友人であり、『Monsieur Minitel au Japon(ムッシュウ・ミニテル・オ・ジャポン:日本のミスター・ミニテル)』と呼ばれるようになる男も、『曲がったことが嫌いな男』であるが故に、『日本語ミニテル協会』に於いて、必死で日本に於ける『ミニテル』のビジネス・プランを書くことにより、急性肝炎となることを、まだ知らなかった。。
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上池袋の『3.75畳』の下宿で、炬燵を机に修士論文『François MAURIAC論』を書いていた1980年のその日、エヴァンジェリスト氏は、近所の蕎麦屋『増田屋』で、カツ丼を食べ、そのまま、『増田屋』のすぐ横の路地を入ったところにある銭湯『堀之内浴場』で身を綺麗にし、下宿に戻った。
濡れて絞ったタオルと石鹸を入れた洗面器とその上に載せたバスタオルを部屋に置くと、小用をたす為、部屋を出た時、下宿の一番奥の部屋に住む男とすれ違った。
その男は、廊下で会っても挨拶をすることもない男で、今風に云うならば、『フリーター』、のように見える男であった。そして、醜男であった。
しかし、すれ違ったのは、『あの男』だけではなかった。
すれ違った瞬間は気付かなかったが、すれ違った直後に気付いた。
『あの男』の向こう側に、男に肩を抱かれ、長い髪で顔を隠すようにし、その顔を男の胸の寄せている女がいた。
共同トイレに入り、小用をたしながら、エヴァンジェリスト氏は、呟いた。
「はあ~ん?」
『あの男』に『女』がいるのか?あの醜男にどうして?
自分には『女』がいない。自分で云うのもなんだが(うーむ、今、誰に云っている訳でもないが)、自分は、中学生時代、下級生の女子生徒の憧れの的だったのだ。
その自分に今、『女』がいないのに、何故、あの醜男に『女』がいるのだ!
エヴァンジェリスト氏がモテていたのは、中学の時だけではなかった。
広島県立広島皆実高校の時、1年の時の同級生で、その後、還暦を過ぎても友人であるビエール・トンミー氏も知らぬであろう出来事があったのだ。
入学して間もない時であった。
「君、ちょっと」
休憩時間に、教室を出たところで、突然、上級生の女子生徒に声をかけられた。
「あ、はい?」
「君、演劇部に入らない?」
その上級生は、広島皆実高校演劇部の部長であった。
「あ………」
あまりに想定外のことで、若きエヴァンジェリスト氏は、声が声にならなかった。
その時、演劇部の部長が、何を云ってきたか、はっきりは覚えていないが、
「君に入って欲しいんだ」
と云っていたことだけは覚えている。
(続く)
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