「エヴァさん、曲がれるよね?」
列のすぐ前にいた女性が振り向いて云ったその言葉を聞いた時、エヴァンジェリスト氏は、変態だが向学心のある友人ビエール・トンミー氏が、仕事を完全リタイアした後も、『西洋美術史』という勉学に『真っ直ぐに』勤しむようになることを、まだ知らなかった。
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エヴァンジェリスト氏が、1980年に、当時住んでいた上池袋の下宿で、小用をたす為、部屋を出た時、下宿の一番奥の部屋に住む醜男が、女を連れ込んでくるところに出くわした。
「はあ~ん?」
合点がいかなかった。
『あの男』に『女』がいるのか?あの醜男にどうして?
中学生時代、下級生の女子生徒の憧れの的だった自分に今、『女』がいないのに、何故、あの醜男に『女』がいるのだ!
しかも、自分がモテていたのは、中学の時だけではなかった。
広島県立広島皆実高校に入学して間もない時、
「君、演劇部に入らない?」
休憩時間に、教室を出たところで、突然、上級生の女子生徒に声をかけられた。劇部の部長であった。
「君に入って欲しいんだ」
演劇部の部長は、若きエヴァンジェリスト氏にそう云った。エヴァンジェリスト氏は、スカウトを受けたのだ。
「考えてみて。君には是非、演劇部に入って欲しいんだ」
その後、
「どう?」
と、一、二度、部長に声をかけられたが、エヴァンジェリスト氏は、結局、演劇部には入らなかった。
エヴァンジェリスト氏のその気が全くなかったと云うと嘘になる。いや、演劇部に入りたかった訳ではない。運命を感じていたのだ。
いつか自分は役者、俳優になるような気がしていた。より正確に云うと、いつかスターになるような気がしていた。
だから、
「君に入って欲しいんだ」
と、演劇部の部長に云われた時、エヴァンジェリスト氏は、ついにその日が来たのか、と思ったのだ。
しかし………
「いや、今はまだその時ではない」
エヴァンジェリスト氏はそう思った。
「自分はただの役者、俳優になるのではない。スターになるのだ。いや、間違えないで欲しい。スターになりたいのではなく、スターになってしまうのだ。その運命にあるのだ」
誰に云うとでもなく、エヴァンジェリスト氏は独り言ちた。
「スターは、高校の演劇部から役者を始めてなるものではない。スカウトされるのだ。しかし、高校の演劇部の部長にスカウトされるのではない。プロのスカウトマンにスカウトされるのだ。原宿とか表参道とか、或いは、銀座で、まだ行ったことはないけれど、そんな所でスカウトされるのだ」
だから、エヴァンジェリスト氏は、広島皆実高校演劇部には入らなかった。
「君、演劇部に入らない?」
と、演劇部の部長からスカウトを受けたのは、想定外ではあったが、意外ではなかった。
自分に演技力があることは自覚していた。小学生の時に既に、放送劇『雪の女王』の役者に抜擢され、その演技を先生方に絶賛された経験があったのだ。
しかし、広島皆実高校演劇部の部長がそのことを知っていたとは思えない。
「君に入って欲しいんだ」
と、演劇部の部長が自分をスカウトにきた理由をエヴァンジェリスト氏は、直ぐに理解した。
それは…………
(続く)
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