「エヴァさん、曲がれるよね?」
列のすぐ前にいた女性が振り向いて云ったその言葉を聞いた時、エヴァンジェリスト氏は、極めて親しい友人であり、『Monsieur Minitel au Japon(ムッシュウ・ミニテル・オ・ジャポン:日本のミスター・ミニテル)』と呼ばれるようになる男も、『曲がったことが嫌いな男』であるが故に、『日本語ミニテル協会』に於いて、相棒であるフランス人『Jean-Framçois THOMAS』と分担して、必死で日本に於ける『ミニテル』のビジネス・プランを書くようになることを、まだ知らなかった。。
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1980年のその日、上池袋の『3.75畳』の下宿に住むエヴァンジェリスト氏は、近所の蕎麦屋『増田屋』で、カツ丼を食べ、そのまま、『増田屋』のすぐ横の路地を入ったところにある銭湯『堀之内浴場』で身を綺麗にし、下宿に戻った。
『堀之内浴場』では、『有難いモノ』を見た。お経である。
裸の背中に『南無阿弥陀仏』とお経を書いた(彫った)男を見たのだ。
「おお、有難いことだ。これは、きっと何かいいことがあるぞ」
こうして、『堀之内浴場』で身も心も清めたエヴァンジェリスト氏は、下宿に戻った。
濡れて絞ったタオルと石鹸を入れた洗面器とその上に載せたバスタオルを部屋に置くと、小用をたす為、部屋を出た。
その時、下宿の一番奥の部屋に住む男とすれ違った。
その男は、廊下で会っても挨拶をすることもない男で、今風に云うならば、『フリーター』、のように見える男であった。
男は、醜男であった。やや面長の醤油顔の醜男であった。廊下で会うと、相手と目を合わせず、その醜面を、どこか拗ねたように、ややひん曲げるのであった。
『その男』とすれ違ったのだ。
いや、すれ違ったのは、『あの男』だけではなかった……
すれ違った瞬間は気付かなかったが、すれ違った直後に気付いた。
『あの男』の向こう側に、男に肩を抱かれ、長い髪で顔を隠すようにし、その顔を男の胸の寄せている者がいた。
そうだ、女だ。
『あの男』は、女を連れていたのだ。
共同トイレに入り、小用をたしながら、エヴァンジェリスト氏は、呟いた。
「はあ~ん?」
『あの男』に『女』がいるのか?あの醜男にどうして?
自分には『女』がいない。自分で云うのもなんだが(うーむ、今、誰に云っている訳でもないが)、自分は、中学生時代、下級生の女子生徒の憧れの的だったのだ。
「エヴァくん、あんた、2年生の女の子たちの憧れなんじゃと」
中学三年の時、広島市立翠町中学校のPTAの会合から帰ってきたハハ・エヴァンジェリストが、息子に教えた。
自分でも気付いていなくはなかった。
昼休みにパン売り場に行った時や、校庭を歩いている時、少し離れたところから女子生徒が、3年生ではないから下級生と思われる女子生徒たちが、2-3人、こちらを見ながら頬寄せ合い、
「キャッ!....フフ」
とはしゃぐのだ。それが一度や二度ではなかった。
そんな自分に今、『女』がいないのに、何故、あの醜男に『女』がいるのだ!
(続く)
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