(住込み浪人[その10]の続き)
「膨らんでるう!」
チェック柄のロング・スカートに七分袖のミルク・ティー色のニットのセーターを着た女子学生は、明らかに嫌悪の感情を含んだ声を『住込み浪人』ビエール・トンミー青年に向けた。
「(う、うーっ!)」
『住込み浪人』ビエール・トンミー青年は、頬を紅に染めた。
「なんだい?」
チャコールグレイのジャケットの下に白いV字のシャツを着た男子学生が、訊いた。
「アソコよ!」
『住込み浪人』ビエール・トンミー青年は、女子学生に目を向けなかったが、彼女が自分の体のある部分を指差しているが分っていた。
「(ちが、違ううー!)」
歩を進めながら、『住込み浪人』ビエール・トンミー青年は、心の中で必死に言い訳をした。
「嫌だああ。あの人、アタシのこと見てえ….」
背中に女子学生の声が聞こえる。
「(違うんだあ…..昨夜から….)」
そうなのだ。前夜、受験勉強をしている時から、『住込み浪人』ビエール・トンミー青年は、自分でもそれがどこから湧き出てくるのか分らぬモンモンとした、泡のような感情、というか気分、というか何か得体の知れないものに、自分を抑えきれなくなっていたのだ。
しかも、何を抑えるのかも分らなかったのだ。ただ、右手が自身の体のある部分に自然と伸びていた。
「(勉強にならない……二浪目なのに)」
結局、三角関数の問題を解くのを途中で止め、モンモンを何とか抑えようと、布団に潜り込んだが、いつの間にか、意識を失い、木枠の窓から差し込む木洩れ陽に目覚めた時には、ソコが膨らんだままとなっていたのだ。
「(だから、違うんだあ!)」
背中が、女子学生の視線の矢に射られるのを感じながら、『住込み浪人』ビエール・トンミー青年は、逃げるようにその場から立ち去った。いや、逃げるように、ではなく、実際、逃げたのだ。何も悪いことをした訳でもないのに。
(続く)