(うつり病に導かれ[その2]の続き)
「(いや、臨床だ。僕は臨床に関っていたかったんだ…)」
それは嘘ではなかった。しかし、ドクトル・ギャランドゥは、知っていた。内なるもう一人の自分の声を。
「(お前は、研究を続けたかったんだ!)」
大学病院には、臨床と研究と教育という3本の軸がある。その中から、ドクトル・ギャランドゥは、臨床を選んだ。
「(だが、お前は、肝疾患への関心が強かった)」
切っ掛けは、ある30歳台後半の患者だった。高熱を発し、食欲がない状態が一週間続き、町医者からの紹介状を持って大学病院に来たハンサムなサラリーマンであった。
「肝炎ですね。急性肝炎です。でも、AでもBでもない、珍しい肝炎です」
と云われても、熱に浮かされたその患者の眼は微睡んだままであった。
「『サイトメガロウイルス』です」
とその肝炎のウイルス名を告げた時、患者は初めて反応した。
「サイトロメガ?」
何かのロボットの名前のような言葉を発した。
「いえ、『サイトメガロウイルス』です」
初めて聞いたウイルス名だから、その患者がその名前をちゃんと聞き取れなくても仕方がない。ドクトル・ギャランドゥ自身、初めて接した種類の肝炎であった。
『サイトメガロウイルス』、つまり、『CMV』感染の患者で健常成人は珍しかった。子どもに多い感染であった。特に、胎内感染が多かった。
「エヴァさん、海外に行かれたことはありますか?」
ドクトル・ギャランドゥは、感染経路の確認の為の質問をした。
「はい」
「その時、遊んでませんか?」
「は?」
「そのまあ、女性と……ええ、そういう遊びです」
女性との行為により感染することがあるのだ。
「いえ、ありません!」
急に元気を取り戻したかのように、患者は、強い言葉でその可能性を否定した。
「私は、妻を愛しています」
そんなことはどうでもよかったし、その患者程の美貌があれば、海外で玄人相手でなくとも素人の現地外国人女性と関係を持ったとしても不思議ではない。
「ああ、失礼しました」
と、謝りつつも、ドクトル・ギャランドゥは思った。日本のグローバリゼーションが進み始めていた時期であった。
「(これから健常成人の『CMV』感染は増えるかもしれない)」
健常成人に於ける『CMV』感染、『サイトメガロウイルス』肝炎について研究をしてみたくなったのだ。
「(だが……)」
(続く)
0 件のコメント:
コメントを投稿