(うつり病に導かれ[その29]の続き)
「あら!?これえ…」
老看護婦オクマが、思わず呟いた。
「え!」
ドクトル・ヘイゾーは、項垂れていた頭を上げ、66歳の自分と年齢が余り変わらない、看護師というよりも看護婦といった方が似つかわしいオクマの方に振り向いた。
「いや!これは…なんでもない」
と診察室の机の上に置いたままとしていたiPadを慌てて取り、急いで画面を消した。
「(なに?!あれ…)」
老看護婦オクマは、iPadの画面に、ピンクの帽子というか、ハットと云った方がいいものを被り、黒いサングラスを付け、口の上と顎とに白髪混じりの髭面の男の画像を見たのだ。
「(ドクトルだったのかしら…?)」
老看護婦オクマは、最近耳にするようになった噂を思い出した。
「(ピンクの帽子に黒いサングラス、白髪混じりの髭…)」
噂を聞いた時には、その像が浮かんでこなかったが、今、iPadにその像を見たように思った。
「(『桃怪人』って云ったかしら….)」
その妙ちくりんな『怪人』は、女性が地面に腰を落とした時にパンツを見たらしい。
「(でも、あの髭って……)」
iPadの画面に見た『桃怪人』のような怪しげな男の髭は、今、眼の前にいるドクトルのそれに酷似していたのだ。
「(ドクトルが、『桃怪人』?そう云えば…)」
と、PCの画面に向って、電子カルテを開こうとしているドクトル・ヘイゾーの背中を見た。
「(なんとなく感じていたのよねえ、お尻を見られているような)」
老看護婦オクマのナース服は、肥満が進む体で、特にお尻の辺りがパンパンになっていた。
「(ドクトルったらあ……まあ、見たくなる気持ち、分からなくはないけど。むふん)」
と勝手に頬を染めていると、
「時間だね、オクマさん」
と、ドクトル・ヘイゾーが振り向いた。
「え!チカン!.....ああ、時間ですね、ドクトル」
午後の診察開始の時間だったのだ。老看護婦オクマは、患者を呼ぶ為、待合室側のドアに向った。
(続く)
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