2020年2月11日火曜日

うつり病に導かれ[その12]






「アタシ、このまま死んじゃうかもしれへんわ」

開いたドアから、よろけるように出てきた息は、妙な関西弁であった。

「(んん?なんだ?)」

ビエール・トンミー氏は、閉じていた瞼を徐に開けた。

「(は?ここは….)」

待合室のようなところで、壁際に置かれたかなり長いベンチ・シートに座っていた。

「お父さん、アタシも、もうそちらに行きまっさかいにい」

と、天を仰いで云う、妙な関西弁の主は、60歳台と思しきふくよかな女性で、40歳台と見える女性に支えられ、診察室から出てきたのであった。

「んもう、母さんったら、先生もただの風邪だと仰ったでしょ」

ビエール・トンミー氏は、その母娘が出てきたドアに『診察室』と書かれているのを見て、自分が病院に来ていることを思い出した。

「(そうだ。熱があり、咳も出て、鼻水も止まらなくなったのだ)」



市販の風邪薬を飲んでも一向に良くならず、

「アータ、インフルエンザじゃないの」

と妻に云われ、駅前の評判のいい『ギャランドゥ・クリニック』に来たのだ。と、思い出したものの、頭痛と胴回りの痛みに、再び、眼を閉じた。

「(…………『帰国子女』子ちゃんが、だって…)」

また、広島市の翠町公園であった。

「小学生の時、この公園でソフトボールの練習をしたんだ」

友人のエヴァンジェリスト少年の幼い恋路を聞いてやっている。




「『帰国子女』子ちゃんが公園に来るかもしれなかったから、ドキドキしてエラーしちゃったけど」

エラーを『帰国子女』子ちゃんのせいにしているが、友人はただソフトボールが下手だっただけのことであることは知っていた。

「(ふん、君は、『ライ9』だったくせに)」




と思ったものの、それを云うことはしなかった。

「(君は、ただ一人の友人だったからな、あの頃から…….ん?)」

目を閉じたまま、ビエール・トンミー氏は、首を捻ったその時であった。


(続く)



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