(うつり病に導かれ[その11]の続き)
「アタシ、このまま死んじゃうかもしれへんわ」
開いたドアから、よろけるように出てきた息は、妙な関西弁であった。
「(んん?なんだ?)」
ビエール・トンミー氏は、閉じていた瞼を徐に開けた。
「(は?ここは….)」
待合室のようなところで、壁際に置かれたかなり長いベンチ・シートに座っていた。
「お父さん、アタシも、もうそちらに行きまっさかいにい」
と、天を仰いで云う、妙な関西弁の主は、60歳台と思しきふくよかな女性で、40歳台と見える女性に支えられ、診察室から出てきたのであった。
「んもう、母さんったら、先生もただの風邪だと仰ったでしょ」
ビエール・トンミー氏は、その母娘が出てきたドアに『診察室』と書かれているのを見て、自分が病院に来ていることを思い出した。
「(そうだ。熱があり、咳も出て、鼻水も止まらなくなったのだ)」
市販の風邪薬を飲んでも一向に良くならず、
「アータ、インフルエンザじゃないの」
と妻に云われ、駅前の評判のいい『ギャランドゥ・クリニック』に来たのだ。と、思い出したものの、頭痛と胴回りの痛みに、再び、眼を閉じた。
「(…………『帰国子女』子ちゃんが、だって…)」
また、広島市の翠町公園であった。
「小学生の時、この公園でソフトボールの練習をしたんだ」
友人のエヴァンジェリスト少年の幼い恋路を聞いてやっている。
「『帰国子女』子ちゃんが公園に来るかもしれなかったから、ドキドキしてエラーしちゃったけど」
エラーを『帰国子女』子ちゃんのせいにしているが、友人はただソフトボールが下手だっただけのことであることは知っていた。
「(ふん、君は、『ライ9』だったくせに)」
と思ったものの、それを云うことはしなかった。
「(君は、ただ一人の友人だったからな、あの頃から…….ん?)」
目を閉じたまま、ビエール・トンミー氏は、首を捻ったその時であった。
(続く)
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