「まさか」
思わず声が出た。
「先生…..」
どうして、この街に先生がいるのだ。
「さあ、美味しいよ、美味しいよお」
屋台の売り子の声も、ビエール・トンミー氏の耳には入らなかった。
「出来立てですよお」
ソース串カツや広島風お好み焼き、焼まんじゅう、クリームコロッケの匂いが辺りには充満していたが、ビエール・トンミー氏の鼻は何も検知できなかった。
今日(2017年4月1日)は、自宅から10分程の所にある公園で『桜フェスティバル』が催されていた。
「●●●子先生…..」
●●●子先生が何故、我が街にいらしているのか不明であった。この公園の桜は、有名だからであろうか。
「ふむ!」
思い切って声を掛けることにした。
母校ハンカチ大学のオープン・カレッジの講座の教師と生徒の関係なのだ。ご挨拶をしても構わぬであろう。
「ふむ、ふむ!」
しかし、直ぐには行動に出ることはできなかった。
自分を誤魔化すことはできなかったのだ。あわよくば、と思っていることを自分は知っていた。
「ふむ、ふむ、ふむ!」
腹に力を入れ、気持ちを抑え、さあ、いよいよ、声を掛けることにした。
「●●…..」
その瞬間であった。
●●●子先生の隣にいた女性が、こちらを向いた。
「あら、アータ」
動揺した。
それまで、●●●子先生の隣に女性がいることに気付いていなかった。●●●子先生しか目に入っていなかったのだろう。
「アータ,ここにいたの?」
動揺した。いや、動揺という言葉では表現し切れない心と体の動きであった。
妻であった。
●●●子先生の隣にいたのは、妻であったのだ。
「丁度いいわ。紹介するわね」
紹介???
「こちらね、そう、この前、お話したでしょ」
この前?
「そうなの、こちらの奥様よ。●●さんの奥様よ」
(参照:ボクが吹くのは…….【夫婦の会話】)
マダム・●●!やはり、マダム・●●が…….
「まあ、やはり貴方でいらしたのね」
マダム・●●が声を発した。
「やはりトンミーさんでしたのね」
オープン・カレッジでは見せぬ親しみを持って、●●●子先生が話しかけていた。
「いつも授業を熱心に聞いてくださって有難う」
●●●子先生、そのことは……
「あーら?あなたたち、お知り合いだったの?授業?.....」
マズイ!
「授業って、ああ、西洋美術史の……アータ、ひょっとして….!」
マズイ、マズイ!
「アータ、ひょっとして….!」
いや、いやいや…..オレは今日は、外出していないぞ。そうだ、今日は雨模様であった。『桜フェスティバル』が予定通り催されていたとしても、雨の中をわざわざ出かけはしない。
「アータ、ひょっとして….!」
妻の声が頭の中に響いた。
「アータ、ひょっとして….!」
いや、ボクはまだ●●●子先生とは何も…….いや、まだではなく、そもそも●●●子先生とボクとは…….
懸命に言い訳を考えていた。
「アータ、ひょっとして….!」
どうすればいいのだ…….
「アータ、ひょっとして、パジャマを洗濯したの?昨日、アタシが出かけている間に」
ふん?
「云ってくだされば、アタシが洗濯しましたのに」
(参照:【昇進試験】『おやすみ、チュッ、チュッ』)
妻は、ベッドの中の夫に胸の近くに顔を、というか鼻を近づけてパジャマを嗅いでいた。
「ああ、気が向いたものだから…..」
ホッとした。そうか、眠っていたのか。
「洗剤のいい香り……でも、いつものアータの体臭が染みついたパジャマも好きなのよ」
おお、なんといい妻だ。愛しい妻よ、すまん!
もう、●●●子先生のことは…….
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