2017年4月1日土曜日

【桜フェスティバル】ああ、愛しいヒトよ




「まさか」

思わず声が出た。

「先生…..」

どうして、この街に先生がいるのだ。

「さあ、美味しいよ、美味しいよお」

屋台の売り子の声も、ビエール・トンミー氏の耳には入らなかった。

「出来立てですよお」

ソース串カツや広島風お好み焼き、焼まんじゅう、クリームコロッケの匂いが辺りには充満していたが、ビエール・トンミー氏の鼻は何も検知できなかった。

今日(2017年4月1日)は、自宅から10分程の所にある公園で『桜フェスティバル』が催されていた。

●●●子先生…..」

●●●子先生が何故、我が街にいらしているのか不明であった。この公園の桜は、有名だからであろうか。

「ふむ!」

思い切って声を掛けることにした。

母校ハンカチ大学のオープン・カレッジの講座の教師と生徒の関係なのだ。ご挨拶をしても構わぬであろう。

「ふむ、ふむ!」

しかし、直ぐには行動に出ることはできなかった。

自分を誤魔化すことはできなかったのだ。あわよくば、と思っていることを自分は知っていた。

「ふむ、ふむ、ふむ!」

腹に力を入れ、気持ちを抑え、さあ、いよいよ、声を掛けることにした。

●●…..」

その瞬間であった。

●●●子先生の隣にいた女性が、こちらを向いた。

「あら、アータ」

動揺した。

それまで、●●●子先生の隣に女性がいることに気付いていなかった。●●●子先生しか目に入っていなかったのだろう。

「アータ,ここにいたの?」

動揺した。いや、動揺という言葉では表現し切れない心と体の動きであった。

妻であった。

●●●子先生の隣にいたのは、妻であったのだ。

「丁度いいわ。紹介するわね」

紹介???

「こちらね、そう、この前、お話したでしょ」

この前?

「そうなの、こちらの奥様よ。●●さんの奥様よ」




マダム・●●!やはり、マダム・●●が…….

「まあ、やはり貴方でいらしたのね」

マダム・●●が声を発した。





「やはりトンミーさんでしたのね」

オープン・カレッジでは見せぬ親しみを持って、●●●子先生が話しかけていた。

「いつも授業を熱心に聞いてくださって有難う」

●●●子先生、そのことは……

「あーら?あなたたち、お知り合いだったの?授業?.....」

マズイ!

「授業って、ああ、西洋美術史の……アータ、ひょっとして….!」

マズイ、マズイ!

「アータ、ひょっとして….!」

いや、いやいや…..オレは今日は、外出していないぞ。そうだ、今日は雨模様であった。『桜フェスティバル』が予定通り催されていたとしても、雨の中をわざわざ出かけはしない。

「アータ、ひょっとして….!」

妻の声が頭の中に響いた。

「アータ、ひょっとして….!」

いや、ボクはまだ●●●子先生とは何も…….いや、まだではなく、そもそも●●●子先生とボクとは…….

懸命に言い訳を考えていた。

「アータ、ひょっとして….!」

どうすればいいのだ…….

「アータ、ひょっとして、パジャマを洗濯したの?昨日、アタシが出かけている間に」

ふん?

「云ってくだされば、アタシが洗濯しましたのに」



妻は、ベッドの中の夫に胸の近くに顔を、というか鼻を近づけてパジャマを嗅いでいた。

「ああ、気が向いたものだから…..」

ホッとした。そうか、眠っていたのか。

「洗剤のいい香り……でも、いつものアータの体臭が染みついたパジャマも好きなのよ

おお、なんといい妻だ。愛しい妻よ、すまん!

もう、●●●子先生のことは…….





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