拉致されたものの救出され、コンコルドに乗って帰国の機上でのことであった。
ビエール・トンミー氏は、『彼女』を和室に連れ込み、『いよいよ』という時……..
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和室に入り、襖を閉めると、俺は、『彼女』の手をとり、『彼女』の体を胸元に引き寄せた。
いや、引き寄せようとした、その瞬間、俺と『彼女』は二人共、大きく体を傾け、壁まで転がった。
機体が傾いたのだ。急に左側に傾いたのだ。
背中を強く壁にぶつけた俺は、「うーっ」と呻いたが、その痛みを忘れさせる芳しい香りが俺の鼻を包んだ。
俺の体の上に乗っかるようになっていた『彼女』の香りであった。
コンコルドに何か緊急事態が起きたようであったのに、俺は俺の体の緊急事態の方を気にしていた。
「いいや、このまま….」
と思ったその時、襖が開き、
「お客様、トンミー様。非常事態です!」
CAが叫んできた。
「パイロットが…」
CAはフランス人女性であった。言葉もフランス語であったが、大学のフランス語経済学で「優」をとった俺は、CAのフランス語を完璧に理解した。
フランス語経済学は、読んで訳すだけの学科であったが、何故かCAのフランス語を完全に聞き取れた。
フランス語経済学の「優」を取れたのも、試験前に友人でありフランス文學者であるエヴァンジェリスト氏に試験範囲を翻訳してもらい、それを丸暗記した結果に過ぎなかったが、コンコルド機内で俺はフランス語の達人になっていた。
CAは唾を飛ばしながら、俺に云った。
「パイロットが変です。機長も副操縦士もコックピットにはおらず、客席に座っているんです!」
「え!?どういうことだ?」
「分かりません。今、この機を操縦しているには、当社のパイロットでないことは確かなのです」
「機長も副操縦士は何をしているのだ?」
「客席で食事を摂っています。ワインも飲んでいます」
「何を考えているのだ!」
「どうにかして下さい、トンミー様!」
「分った」
何故、俺がこの非常事態への対応を求められ、それに応じないとならないのか、全く分らなかったが、そんな疑問に囚われている場合ではない。
「ここで待っていてくれ」
俺は『彼女』に声をかけた。
「アタシは大丈夫。ビエールこそ、気をつけてね」
『彼女』は、俺とCAとのフランス語会話を理解していた。だって、『彼女』は、西洋美術史の研究家なのだ。博士号だって持っているのだ。
そうか、『彼女』は、『彼女!』であったのか。今、俺はそれを理解した。
しかし、今はとにかく、コックピットに向かわなければいけなかった。
(続く)
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