拉致されたものの救出され、コンコルドに乗って帰国の機上でのことであった。
ビエール・トンミー氏は、『彼女』を和室に連れ込み、『いよいよ』という時、機体が大きく傾いた。
誰か分らぬ者がコンコルドを操縦しているようで、フランス人CAに
「どうにかして下さい、トンミー様!」
と懇願されたのであった。
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コンコルド機内後方にあった和室を出て、フランス人CAに導かれ、俺はコックピットに向った。
機内通路の両脇にいたのは皆、勤めていた会社の元同僚たちであった。
「もうリタイアしたくせに、なんでここにいるのだ」
とでも言いたげな視線に刺されながら、俺は歩を進めた。
「それは、こちらが言いたいセリフだ。何故、俺までも拉致され、もう関係を絶ったお前たちと一緒にいないといけないんだ」
と思った瞬間、機体は再今度は、大きく右に傾き、俺は客席に飛び込んでいった。
「誰が操縦しているのか知らないが、こんなことをしていると、自分も含めて墜落してしまうぞ」
と思ったのは、何だか柔らかな二つの山の間の谷の中であった。
「あーら、ピエール。久しぶりねえ」
誰だ?俺はまだ、柔らかな二つの山に挟まれたままであった。
イブ・サンローランの「オピウム」の匂いがした。
「貴方も拉致されていたのね」
覚えのある匂いであった。覚えのある声であった。
幾度もの朝、俺はこの匂いに包まれ、この声で目覚めたのだ。
「こんなのするの久しぶりねえ、うふん」
元カノのトシコだ。
トシコも元同僚だった。やはり同じ会社の社員であった妻と結婚する前、妻と付合い出すまで、俺はトシコと付合っていた。
勿論、ただの同僚としての付き合いではない。
トシコのマンションで朝を迎えたことが、一度や二度、いやいや、三十度、四十度でない、という間柄だ。
トシコは巨乳だ。俺はいつもその巨乳に顔を埋めて寝たものであった。
しかし、俺はトシコを棄てた。妻を選んだ。
トシコも相当な美人であったが(そうでないと、俺は付合いはしない)、妻は別格であった。
妻は会社の男性社員のマドンナだった。あるプロジェクトで、そのマドンナと俺は知り合った。
俺は、トシコの存在も忘れ、マドンナに惚れた。
マドンナも俺に惚れた。
自慢する訳ではないが、俺も社内では追っかけの女性社員が何人もいる存在だったのだ。社外にもファンがおり(ファンクラブもあったと聞いたことがあるが、実態は知らない)、退社時には、社員通用口に出待ちが屯する程であった。
そうして、俺はトシコを棄てた。
妻にトシコのことを隠した訳ではなかった。妻も噂には聞いていたようだが、気にしていなかった。それだけ俺に惚れていたのだ。
トシコも、相手がマドンナでは勝ち目はないと早々に観念し、別れるにあたり、揉めることはなかった。
そんなことを、柔らかな山に包まれたまま思い出していた。
と、いきなりシャツの襟首を何者かに掴まれ、俺は体を通路に戻された。
「いつまでそんなことしているのです!」
フランス人CAのきつい言葉であった。勿論、フランス語だ。
「ノンノン、ワータシハ、トバサレタダケデ…….」
と言い返そうとすると(こちらも勿論、フランス語だ)、
「そんな言い訳をしている暇はありません!早くしないと、この機はどうなるか分かりません!」
そうだ、その通りだ。俺がなんとかしないといけないのだ、理由は分らぬが。
俺は、再び、コックピットに向い始めた。
「ビエール、いつ戻ってきてもいいのよ。貴方の好きなキンキンに冷やしたビールが待ってるわ。奥さんがいてもいいの、アタシ」
後ろに女の声がしたが、その声にダミ声が被さってきた。
「その時は、お前の女房の相手は俺がしてやるから安心しろ、ヒヒ」
昇進試験で俺にだけ厳しかったあの上司だ。
アイツもこのコンコルドに乗っていたのか。チクショー。
振り向いて、睨みつけようとしたところ、再び、襟首を掴まれ、コックピット方向に引きづられた。
「胸なら、後でいくらでも私のをお貸しします。胸でもどこでも。だから今は、この機を救って下さい!」
(続く)
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