拉致されたものの救出され、コンコルドに乗って帰国の機上でのことであった。
ビエール・トンミー氏は、『彼女』を和室に連れ込み、『いよいよ』という時、機体が大きく傾いた。
誰か分らぬ者がコンコルドを操縦しているようで、フランス人CAに
「どうにかして下さい、トンミー様!」
と懇願された、コックピットに向かう途中、ビエール・トンミー氏は、元カノや嫌いだった元上司に遭遇したが、CAに襟首を掴まれ、コックピットまで行くと、2人のインド人が、手を振り、腰を振り、踊っていた。
「何をやっている!!!」
「み、見りゃ、分かるだろ。踊っているのさ」
「勝手に操縦していただろうが!」
「なんだって?操縦?俺たち、飛行機の操縦なんかできないぜ。二人とも、クルマの運転免許だって持ってないんだ。エヴァンジェリストさんと同じさ」
「嘘をつくんじゃない!ハイジャックしたんだろ!」
「嘘なんかじゃあ、ありませんぜ、旦那。オレたちは、『Baahubali2:The Conclusion』を見ながら踊っていただけなんでさ」
「騙されないぞ!何故、コックピットで踊る必要があるんだ!」
「だって、コックピットが広いからさ」
「操縦士たちがいるのに、広いわけがあるか!」
「操縦士さんたちはいませんでしたぜ。あの人たち、客席に行って、食事を摂り、ワインを飲んでるでしょ」
「お前たちが下手な運転、いや操縦をしたからだろ、大きく揺れたのは」
「ああ、ちょっと派手に踊り過ぎた時だな、それは」
「はあ?!此の期に及んでまだ巫山戯るか!喝!」
というやり取りをしていると、いきり立った俺の肩を優しくポンポンと叩く者がいた。
誰だ?
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「ミスター」
落ち着いた紳士の声であった。
「ここはひとつ、私の顔を立てて、彼らを許してやってくれないか」
振り向きながら聴いたその声の主は、思いもよらぬ姿をしていた。
頭にターバンを巻き、髭を生やしていたことにも意表を突かれたが、何よりも驚いたのは、サーベルを口に咥えていたことだ。
正確に云うと、右手でサーベルの鍔を掴み、左手に剣先をもち、剣身を歯で噛んでいた。
とても紳士の姿ではなかった。『私の顔を立てて』なんてよく云えたものだ。
しかし、俺はその男を知っていた。インド人だ。
そうだ。そのインド人は、タイガー・ジェット・シンだ(タイガー・ジート・シンの方が本来の発音に近いらしいが)。
エヴァンジェリスト氏と違い、プロレスファンでも猪木さんファンでもない俺が、どうして悪役プロレスラーであるタイガー・ジェット・シンを知っていたのは、彼また謎ではあった。
が、今はそんなことに拘っている場合ではなかった。
「そうか、お前も仲間だなあ!」
俺は、顎をしゃくるように突き出し、両手を『来い、来い!』と、戦う仕草をした。いつの間にか、猪木さんが憑依したかのように周りには見えたかもしれない。
「いえ、違います」
応えたのは、サーベルを咥えたインド人ではなかった。女性の声であった。フランス語だ。
「この方は、そんな人ではありません」
フランス人CAだ。
「この方は、カナダでも有名な紳士です。手広くビジネスをされ、学校建設もされ、慈善事業も色々とされている方なのです」
そうか、タイガー・ジェット・シンは、プロレスでは狂気の悪役だが、現実世界では紳士であり、猪木さんとも親しい、とエヴァンジェリスト氏が云っていたことを思い出した。
ファーストクラスでは見かけなかったが、猪木さんと一緒にコンコルドに乗っていたのだ。濡れた手をハンカチで拭いているところから察するに、トイレに入っていたのだろう。
「ミスター、踊っているこの男たちは、私の同胞だ。こはひとつ、私の顔を立てて、彼らを許してやってくれないか」
と、サーベルを咥えたまま、しかし、極めてジェントルに云った。
本当は紳士なんだが、プロレス・ファンのイメージを壊さないよう、サーベルは常に咥えておく等、悪役の姿を貫いているのだ、とエヴァンジェリスト氏が云っていた。
「私からもお願いしますわ」
タイガー・ジェット・シンと思しき男の背後から、褐色の美人が現れた。
アイシュワルヤ ライだ!
プロレスラーのことは知らないが、俺は、美人のことなら詳しいのだ。
アイシュワルヤ ライは、インドを代表する美人女優だ。1994年のミス・ワールドだ。
「分りました、マダム」
タイガー・ジェット・シンはどうでもいいが、アイシュワルヤ ライに頼まれて断る訳にはいかない。
「君たち、君たちの云うことを信じよう。もいいから、自分たちの席に戻りなさい」
2人のインド人ではなく、アイシュワルヤ ライト思しき女性の胸元を見ながらそう云った。アイシュワルヤ ライは、両肩を出し、胸の上半分を出したセクシーな服を着ていたのだ。
「ありがとう、トンミー様」
アイシュワルヤ ライは、俺の名前を知っていたのか、そう云いながら、俺に近づき、ハグをしてきた。
「い、いや、いや、これくらいのこと…..」
俺は慌てて、腰を後ろに引き、ハグを返した。
世界的に有名な美人が俺にハグをしてきたからではない。体を密着されると、俺の体の『異変』に気付かれてしまうからであった。
アイシュワルヤ ライは、胸元からも髪からも芳しい香りがした。俺は、ますます腰を引いた。
そんなアイシュワルヤ ライと俺の横をコックピットにいた2人のインド人が踊りながら通って行った。席に戻るのだ。
俺はまだハグされたままアイシュワルヤ ライの香りに酔っていた。
その酔いを覚ます声と共に、俺は肩を叩かれた。
「いつまでそうしていらっしゃるのですか、トンミー様!和室の方に云いつけますよ」
またフランス人CAだ。
「それどころではありませんよ!どうするのです、この機の操縦は?」
ああ、そうだ。まだ、問題は解決していなかったのだ。
(続く)
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