2017年5月17日水曜日

羽毛布団は知っていた(その11)【変態老人の悪夢】




俺とアグネスとで汚した羽毛布団をゴミ出ししたものの、雨が降ってきたので、俺は急いで羽毛布団を取りに向った。

せっかく棄てた羽毛布団が雨に濡れると、不当投棄となって、ゴミ回収してもらえない。

そうすると、妻に知られることとなるのだ。

すっかり老人となった俺に対し、20歳台前半に見えるアグネスのあの若々しさは、何なのだ?何故、俺だけ歳をとっているのだ。

これはひょっとして、やはり......

そう思い始めた時、俺はゴミ集積場に着いた。

俺は慌てて羽毛布団をとり、頭上にかざし、それを、棄てに来た時と同じように頭に被り、ウチに向った。

縁石に腰掛けた二人の老人が(俺も老人だか俺よりはるかに歳を重ねた『本当の』老人だ)、その様子を見ていた。

『本当の』老人たちは、100円ショップで買ったと思しき、カラフルなから傘をさしていた。

雨の中を、しかもゴミ集積場に、どうしてそんな格好でいるのか、疑問に思ったが、そんなことにかまけている暇はなく、また、アグネスに関する疑問も消えた訳ではなかったが、とにかくウチに向って走った。




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俺は再び、羽毛布団を『着た』人となり、走る。

アグネスが殆ど歳をとっていないように見えることや、雨中にから傘をさしてゴミ集積場に座る二人の老人の異様への疑問も消え、とにかく早く羽毛布団をウチに持ち帰ることに気を取られていた。

そこに......

「ピンポンポンポーン」

というチャイムが聞こえてきた。

「こちらは、この町の広報無線です」

と、極めてゆったりとした云い方の声が、近くの電信柱に付けられたスピーカーから聞こえて来た。

町の名前を云わず「この町の」という云い方が気になったが、その後の広報無線の内容の方がより気になった。

「今日は、この町の長老のシゲ爺とトシ爺にお話頂きます」

何じゃ、それは?

広報無線って、爺さんの話を聞かせる為のものではなく、防災情報を流すものではないか。広報無線というよりも、防災無線というべきでさえあるものだ。

なのに、何が爺さんの話だ。巫山戯ている、と思ったが、羽毛布団を早くウチに持ち帰ることの方が大事だ。

そう思ったものの、聞こえて来た爺さんたちの話に俺は歩を緩めた。

シゲ爺という老人が先ず語り出した。

「ワシと、ここにおるトシ爺は先程まで、ゴミ集積場におった」

ええ?何だって?

「から傘をさして歩道の縁石に座っておった」

ああ、あの爺さんたちか。

「そこに、あの若者が来たのじゃ」

若者?

「なかなか見どころのある若者であった」

そんな若者があそこにいたか?

「そうじゃ、あれは近来稀に見る好青年であーる」

トシ爺という老人が話を受けて、発言した。

雨が降り出していたので、俺の他には、若者も近所のムチムチの奥さんたちも誰もいなかったはずだが。




「その若者は、な、な、なんと、ゴミに出していた羽毛布団を取りに来たのだ」

ええーっ?!それ、俺じゃないか!

「羽毛布団をゴミに出したものの、雨が降ってきたので取りに来たようであった」

それ、間違いなく俺だ。

「今時の若者は、資源ゴミの日に普通ゴミを出しても平気の平左な者が殆どだ」

俺は若者ではないが、あの『本当の』老人たちからしたら『若者』になるのだろう。

「しかし、あの若者は違った。ゴミ出しした羽毛布団が濡れては、結果として不法投棄になると考え、ちゃーんと引き取り来たのだ」

まあ、それはそうなのだが。それにはちょっとした、余り説明できない事情あるのだが。

「これはなかなか出来るところではないぞ」

俺は褒められている。広報無線で褒められている。

「ワシは...」

再び、シゲ爺が話し始めた。

「ワシは、あの若者に『この町の人栄誉賞』を与えるべきだと思うぞ。『この町』の首長に推薦しておく」

老人たちには少々誤解があるようだが、褒められて俺も嬉しくなくはない。いや、ハッキリ云おう。

俺は嬉しい。

59歳で会社を退職し、完全リタイアした今、俺は無為な日々を過ごしている。特に、世の為になることはしていない。

妻から、食事中、食べ物をこぼすんじゃあない、等と叱られることはあっても、褒められることはない。

しかし、今、俺は褒められている。

しかも、「この町の」広報無線でだ。公の機関で褒められているのだ。

鼻高々とはこういうことを云うのか、と悦に入ってしまった。

濡れる羽毛布団を引き取りに行っただけのことで、しかも広報無線で、それも二人の爺さんに生語りで褒められる、という状況の異常に俺は気付かなかった。

俺はその満悦状態のままウチに帰った。



(続く)








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