2017年5月18日木曜日

羽毛布団は知っていた(その12=最終回)【変態老人の悪夢】




俺とアグネスとで汚した羽毛布団をゴミ出ししたものの、雨が降ってきたので、俺は急いで羽毛布団を取りに行った。

せっかく棄てた羽毛布団が雨に濡れると、不当投棄となって、ゴミ回収してもらえない。

そうすると、アグネスとのことが、妻に知られることとなるのだ。

俺が、羽毛布団をゴミ集積場から持ち帰ると、その様子を見ていたシゲ爺とトシ爺とが、

羽毛布団をゴミに出したものの、雨が降ってきたので取りに来るなんて、あの『若者』は近来稀に見る好青年だ。『この町の人栄誉賞』を与えるべきだと思うぞ」

と広報無線で語り、俺は鼻高々になったのであった。





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「ビーちゃん様あって、すんごいねええ!」

玄関で俺を迎えたのは、アグネスの弾む声だった。

「なんだ?どうしたのだ?」

何か悪い事態が生じたようではないが、何が起きているのだ?

「みーんな、ビーちゃん様のことお、褒めてるよお」

先程、爺さん二人は俺のことを褒めてくれていたが、『みーんな』のことは知らないぞ。

それに、アグネスまで、どうして.....

「どうして君まで知っているのだ」
「だってニュースは、どこの局も、ビーちゃん様のことで、もちっキリキリだよお」
「ええ?ニュースだと?」
「ビーちゃん様、ゴミに出した羽毛布団、雨降り出したから持ち帰ったね」
「ああ、確かにそうだ」
「そのこと、お爺ちゃん二人、すっごく褒めてたよお」

ああ、あの爺さんたちか。

「キンタマまらに見る好青年だって、ビーちゃん様のこと」
「はあ?爺さんたちはどうして俺の名前を知っているんだ?」
「お爺ちゃんたち、ビーちゃん様の名前は知らないよ。あのわが者があ、って云ってた」
「そりゃそうだ。あの爺さんたちに会ったのは、今日ば初めてだからな。でも、じゃあ何故、俺のことだと、分かったのだ?」
「だって、ワタシ、見たよ。ビーちゃん様が羽毛布団を持ち帰るところ」

はあ?見た、だとお?

「うん、見たよ。ニュースの映像で見たよ」
「映像?映像があるのか?」
「なんて云うの、あれ?ボー、ボーハン…」
「ああ、防犯カメラか!」
「そうそれだよ、ボーハン・カメラ」
「防犯カメラに俺が映ってたのか!」
「ビーちゃん様、格好良かったよ。ハトルも云ってたよ」
「ハトル?あのハトルか?」

その時、そのハトルの声が聞こえてきた。フリー・アナウンサーのハトルだ。テレビがついたままになっているのだ。

「いやあ、この若者、と云うか、『本当の』お爺さんたちに比べると『若者』の初老の紳士は、素晴らしい人ですねえ、キンタマガワさん」

レギュラー・コメンテーターのキンタマガワが答えた。

「近所の方に確認したところ、トンミーという方のようですよ。ビエール・トンミーさんだそうです」

な、な、なんだ!俺の名前がテレビで…….

「すごいねえ、ビーちゃん様!」

いやいや、スゴクはない。マズイ、マズイぞ、これは。

「ゴミとして出した羽毛布団が濡れては、と持ち帰るなんてことは、そうそうできることではないのは確かですが、このトンミーさんは、どうしてあんな高級羽毛布団をゴミに出したのでしょうか、キンタマガワさん?」

よ、よ、余計なことを訊くな、ハトル!

「そこなんですよ、ハトルさん。実は、汚れていた、という情報も入ってきているのです」

キンタマガワ、そんな情報はいらん!

「どうして、汚れたのでしょう?」

ハトル、訊くな!そんなこと、どうでもいいだろう!

マズイ!妻に知られたら、どうなるのだ!.....いや、俺に妻はいなかったのか?

良く分らない。アグネスは、俺に妻はいない、と確か云っていた。だが、俺には、会社のマドンナであった女性を娶った記憶がある。深い関係になった記憶もある。

しかし、アグネスは、俺のアレの介護に来ているらしい。妻のいる家で、アグネスが俺のアレの介護をする、なんてことがあり得るのか?

俺は混乱する。

しかし今、俺は見つけた。俺が今いる玄関に、妻の靴がある。先程、羽毛布団を取りに出掛けた時にはなかったが、今はここにある。

外出していたのだ。妻はもう帰宅しているのだ。

マズイ、マズイぞ!

俺のアレの介護をするナースのアグネスがウチにいるこの状況を、妻に、どう説明すればいいのだ。

「キンタマガワさん、布団が汚れるというのは、どういう状況があったのでしょうか?」
「トンミーさんは、一見、お元気そうですが、要介護認定者で、美人ナースの介護を受けている、という情報もあるようです」

やめろ、やめろ、ハトル、キンタマガワ!妻に聞こえる……

「しかし、何にせよ、トンミーさんのしたことは、『この町の人栄誉賞』に値しますね、キンタマガワさん」
「そうだよ、そうだよ、ビーちゃん様はスゴイよ、することもアレも」

そう云うと、アグネスは俺に抱きつき、頬に唇をつけて来た。

おお!俺は『反応』した。しかし……

駄目だ、駄目だ!妻が、妻が……

抱きつかれた俺は、玄関に倒れこんだ。頬が、アグネスの唇で濡れた。俺の目の前は暗くなった……

「アータ、有難う」

んん?有難う?『アータ』?

妻だ、つ、つ、妻だ!マズイ、マズイ、マズイ!

「ご褒美よ、チュッ」

また頬が濡れた。アソコも濡れた。やめろ、アグネス!

「羽毛布団、入れてくれるなんて、気がきくわ、アータ」

んん?『アータ』……アグネスではないのか?

俺は目を開けた。妻の顔が俺の顔を覆っていた。

「お、お前…..」
「羽毛布団を干したまま出掛けたから心配だったの」

ええ?妻が羽毛布団を干していた?

「雨が降って来たから、しまった、って思ったの」

俺は、ベッドに寝ていた。玄関先で倒れこんだと思ったのだが…..

「でも、アータがちゃんと取り込んでくれたのね」

周りにアグネスはいない。

「ナースは….?」
「ナース?」

いや、アグネスはいないのだ。

「ああ、ナスだよ、ナスは買って来たのかな、って」

俺は誤魔化した。

「んもー、何云ってるの。ナスは買って来てないわよ。買わなくたって、ウチには立派なナスがあるもの、コ・コに。ふふ」




俺は、アグネスと羽毛布団を汚してはいないのだ。安心した。

「アータ,幾つになっても可愛いのね。チュ、チュッ!」

妻は、俺の口を塞いだ。俺は、妻の口臭をゆっくり味わった。

俺はようやく安心した。

夢だったのだ。俺は今、高級布団を被って外出なんかしなかったのだ。

元カノの『俊子』を彷彿させるホットパンツから美脚を見せた茂子さんに会い、

「茂子さんさえいいのなら、ご主人でなく、私に抱きついて頂いても….」

とよからぬ想いを抱いたりはしなかったのだ。少し 残念であるが。

高校の同級生のアグネスが、ナースとなって俺を(俺のアレを)介護になんか来ていなかったのだ。これも残念ではあるが、しかし……

「俺は妻を裏切らなかった。夢の中だが、俺は妻を裏切らなかった」

安堵した俺は、ベッドから立ち上がり、妻を抱きしめた。


(おしまい)





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