俺とアグネスとで汚した羽毛布団をゴミ出ししたものの、雨が降ってきたので、俺は急いで羽毛布団を取りに行った。
せっかく棄てた羽毛布団が雨に濡れると、不当投棄となって、ゴミ回収してもらえない。
そうすると、アグネスとのことが、妻に知られることとなるのだ。
俺が、羽毛布団をゴミ集積場から持ち帰ると、その様子を見ていたシゲ爺とトシ爺とが、
「羽毛布団をゴミに出したものの、雨が降ってきたので取りに来るなんて、あの『若者』は近来稀に見る好青年だ。『この町の人栄誉賞』を与えるべきだと思うぞ」
と広報無線で語り、俺は鼻高々になったのであった。
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「ビーちゃん様あって、すんごいねええ!」
玄関で俺を迎えたのは、アグネスの弾む声だった。
「なんだ?どうしたのだ?」
何か悪い事態が生じたようではないが、何が起きているのだ?
「みーんな、ビーちゃん様のことお、褒めてるよお」
先程、爺さん二人は俺のことを褒めてくれていたが、『みーんな』のことは知らないぞ。
それに、アグネスまで、どうして.....
「どうして君まで知っているのだ」
「だってニュースは、どこの局も、ビーちゃん様のことで、もちっキリキリだよお」
「ええ?ニュースだと?」
「ビーちゃん様、ゴミに出した羽毛布団、雨降り出したから持ち帰ったね」
「ああ、確かにそうだ」
「そのこと、お爺ちゃん二人、すっごく褒めてたよお」
ああ、あの爺さんたちか。
「キンタマまらに見る好青年だって、ビーちゃん様のこと」
「はあ?爺さんたちはどうして俺の名前を知っているんだ?」
「お爺ちゃんたち、ビーちゃん様の名前は知らないよ。あのわが者があ、って云ってた」
「そりゃそうだ。あの爺さんたちに会ったのは、今日ば初めてだからな。でも、じゃあ何故、俺のことだと、分かったのだ?」
「だって、ワタシ、見たよ。ビーちゃん様が羽毛布団を持ち帰るところ」
はあ?見た、だとお?
「うん、見たよ。ニュースの映像で見たよ」
「映像?映像があるのか?」
「なんて云うの、あれ?ボー、ボーハン…」
「ああ、防犯カメラか!」
「そうそれだよ、ボーハン・カメラ」
「防犯カメラに俺が映ってたのか!」
「ビーちゃん様、格好良かったよ。ハトルも云ってたよ」
「ハトル?あのハトルか?」
その時、そのハトルの声が聞こえてきた。フリー・アナウンサーのハトルだ。テレビがついたままになっているのだ。
「いやあ、この若者、と云うか、『本当の』お爺さんたちに比べると『若者』の初老の紳士は、素晴らしい人ですねえ、キンタマガワさん」
レギュラー・コメンテーターのキンタマガワが答えた。
「近所の方に確認したところ、トンミーという方のようですよ。ビエール・トンミーさんだそうです」
な、な、なんだ!俺の名前がテレビで…….
「すごいねえ、ビーちゃん様!」
いやいや、スゴクはない。マズイ、マズイぞ、これは。
「ゴミとして出した羽毛布団が濡れては、と持ち帰るなんてことは、そうそうできることではないのは確かですが、このトンミーさんは、どうしてあんな高級羽毛布団をゴミに出したのでしょうか、キンタマガワさん?」
よ、よ、余計なことを訊くな、ハトル!
「そこなんですよ、ハトルさん。実は、汚れていた、という情報も入ってきているのです」
キンタマガワ、そんな情報はいらん!
「どうして、汚れたのでしょう?」
ハトル、訊くな!そんなこと、どうでもいいだろう!
マズイ!妻に知られたら、どうなるのだ!.....いや、俺に妻はいなかったのか?
良く分らない。アグネスは、俺に妻はいない、と確か云っていた。だが、俺には、会社のマドンナであった女性を娶った記憶がある。深い関係になった記憶もある。
しかし、アグネスは、俺のアレの介護に来ているらしい。妻のいる家で、アグネスが俺のアレの介護をする、なんてことがあり得るのか?
俺は混乱する。
しかし今、俺は見つけた。俺が今いる玄関に、妻の靴がある。先程、羽毛布団を取りに出掛けた時にはなかったが、今はここにある。
外出していたのだ。妻はもう帰宅しているのだ。
マズイ、マズイぞ!
俺のアレの介護をするナースのアグネスがウチにいるこの状況を、妻に、どう説明すればいいのだ。
「キンタマガワさん、布団が汚れるというのは、どういう状況があったのでしょうか?」
「トンミーさんは、一見、お元気そうですが、要介護認定者で、美人ナースの介護を受けている、という情報もあるようです」
やめろ、やめろ、ハトル、キンタマガワ!妻に聞こえる……
「しかし、何にせよ、トンミーさんのしたことは、『この町の人栄誉賞』に値しますね、キンタマガワさん」
「そうだよ、そうだよ、ビーちゃん様はスゴイよ、することもアレも」
そう云うと、アグネスは俺に抱きつき、頬に唇をつけて来た。
おお!俺は『反応』した。しかし……
駄目だ、駄目だ!妻が、妻が……
抱きつかれた俺は、玄関に倒れこんだ。頬が、アグネスの唇で濡れた。俺の目の前は暗くなった……
「アータ、有難う」
んん?有難う?『アータ』?
妻だ、つ、つ、妻だ!マズイ、マズイ、マズイ!
「ご褒美よ、チュッ」
また頬が濡れた。アソコも濡れた。やめろ、アグネス!
「羽毛布団、入れてくれるなんて、気がきくわ、アータ」
んん?『アータ』……アグネスではないのか?
俺は目を開けた。妻の顔が俺の顔を覆っていた。
「お、お前…..」
「羽毛布団を干したまま出掛けたから心配だったの」
ええ?妻が羽毛布団を干していた?
「雨が降って来たから、しまった、って思ったの」
俺は、ベッドに寝ていた。玄関先で倒れこんだと思ったのだが…..
「でも、アータがちゃんと取り込んでくれたのね」
周りにアグネスはいない。
「ナースは….?」
「ナース?」
いや、アグネスはいないのだ。
「ああ、ナスだよ、ナスは買って来たのかな、って」
俺は誤魔化した。
「んもー、何云ってるの。ナスは買って来てないわよ。買わなくたって、ウチには立派なナスがあるもの、コ・コに。ふふ」
俺は、アグネスと羽毛布団を汚してはいないのだ。安心した。
「アータ,幾つになっても可愛いのね。チュ、チュッ!」
妻は、俺の口を塞いだ。俺は、妻の口臭をゆっくり味わった。
俺はようやく安心した。
夢だったのだ。俺は今、高級布団を被って外出なんかしなかったのだ。
元カノの『俊子』を彷彿させるホットパンツから美脚を見せた茂子さんに会い、
「茂子さんさえいいのなら、ご主人でなく、私に抱きついて頂いても….」
とよからぬ想いを抱いたりはしなかったのだ。少し 残念であるが。
高校の同級生のアグネスが、ナースとなって俺を(俺のアレを)介護になんか来ていなかったのだ。これも残念ではあるが、しかし……
「俺は妻を裏切らなかった。夢の中だが、俺は妻を裏切らなかった」
安堵した俺は、ベッドから立ち上がり、妻を抱きしめた。
(おしまい)
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