司書は見た！（前編）

「ウソ！ウソよ、そんなこと」

勤務先の図書館を出て、駅に向かう途中、シゲ子は同僚のトシ子に、大きくかぶりを振って抗議した。

「あの方に限って、そんなことあるはずないわ」

「あの方って、お爺ちゃんじゃないの」

「紳士よ！お爺ちゃんだなんて、失礼よ！」

「変態なのよ、あの爺さんは」

「何云っているの、知性の塊のような方よ」

「あの爺さんね、この間、美術コーナーでね、『名画で読み解く「世界史」』の表紙を見て、鼻息を荒くしてたわ」

「あの方、きっと西洋美術史を研究する大学教授なんだわ」

「分ってるの？『名画で読み解く「世界史」』の表紙って、『民衆を導く自由の女神』なのよ」

「それがどうしたの」

「あの爺さん、フランス国旗を掲げて民衆を導くマリアンヌのはだけた胸を見て、興奮していたのよ」

「違う！違うわよ！あの方は、ドラクロワの芸術に興奮していらしたのよ、きっと！」

「だけどね、爺さんが立ち去った後にはね…..」

（続く）