俺は今、布団を被って外出している。高級羽毛布団だ。
これは夢だと思う
夢だから早く醒めて欲しい、と思ったが、元カノの『俊子』を彷彿させるホットパンツから美脚を見せた茂子さんが捨てたと思しきティシュで埋ったゴミ袋に、それまで被っていた羽毛布団を頭上に掲げ、怒りをぶつけるように叩きつけた。
そうして、冷静さを取り戻した俺は、ウチに戻りながら、羽毛布団を被って外出したのは、不要となった羽毛布団をゴミ出ししに行っただけだと理解した。
しかし、ウチに帰ると、玄関には、
「お帰りなさいませ、ビーちゃん様」
というナース姿のアグネスが待っていた。
アグネスは、俺の卒業したキタデハナイ高校の看護科の生徒であった。
高校時代、アグネスは俺に想いを寄せ、俺はその想いに応えたか、応えなかったか記憶をなくしていたが、高校卒業後、俺は上京し、アグネスを彼の地に置き去りにし、東京で他の女にうつつを抜かすようになった。
記憶は曖昧ではあるが、いずれにしても俺はアグネスを傷付けたように思う。そう感じているのだ。アグネスは、俺の「古傷」なのだ。
今、ウチの玄関で俺の前に立っているナースはアグネスであった。
しかし、何故、アグネスは、ここにいるのた?
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ナースは、そうアグネスだ!
何故、アグネスは、ここ、ウチの玄関にいるのだ?
「いけませんわ、ビーちゃん様、お一人でお出かけになっては」
アグネスは、優しく俺を叱った。
「き、き、君はどうしてここにいるのだ?」
俺は疑問をぶつけた。優しく叱られることの快感よりも、疑問の方が、というよりも、不安の方が、大きかった。
アグネスは、俺に仕返しをしようとしているのではないのか?
仕返しが目的であっても、そうでなくとも、ウチには妻がいるのだ。妻にどう説明すればいいのだ、アグネスの存在を。
「どうして、ですって?巫山戯てる、ビーちゃん様?」
「だって、アグ…」
「いつもの訪問介護だよ」
やはりアグネスの日本語だ。
「訪問介護?誰の介護だ?」
「まあ、お惚けだね。認知症でビーちゃん様介護に来ている訳じゃないよ」
「えっ!?俺の介護?」
俺が要介護認定者だというのか?
「ビーちゃん様は、一人で外出すること、お医者様に禁じられているよ」
「何故だ?」
「だって外でビーちゃん様のアレが大暴れしたら大変なことなるの」
「俺のアレ?」
「ご婦人方がお困りになるよ」
「ああ、俺のアレか」
「そう、アレよ。家でも暴れるから、アタシ、介護きてる、ビーちゃん様の」
「俺のアレの介護か….えっ!?......どうやって介護するんだ?」
「んもっ!ビーちゃん様、それ訊かないよ!恥ずかしいよ」
「妻は、妻は知っているのか?」
そんな『介護』をアグネスにしてもらっている自覚も記憶もなかったが、不安になった。妻のいるウチでアグネスにそんなことをしてもらって大丈夫なのか?
「ツマ?....ああ、奥さんのこと?」
「そうだ、妻は知っているのか、その『介護』のことを?妻は今、どこにいるのだ?」
こんな会話を妻に聞かれただけでマズイではないか。
「ビーちゃん様は、奥さんいたか?」
「は?...俺に妻はいないのか?」
俺は、なんという質問をしているのだ?
アグネスは、『奥さんいたか?』と訊いてきた。それは、俺に対する非難なのか?自分を棄てて、他の女と結婚したのか、と責めているのであろうか?
「いや、俺には妻が……」
「いないよ。だから、ビーちゃん様のアレが暴れるのを鎮めに来るよ、アタシ」
えっ?俺は、結婚していないのか?本当に俺に妻はいないのか?会社のマドンナだったあの妻はどうなったのだ?
ひょっとして、これは……
俺にはある疑念が生じてきた。
そうだ、妙ではないか。どうして、アグネスが俺のウチを知っているのだ?
いや、そもそも……..
玄関を入ったところに立ったまま、俺はアグネスに訊いた。
「アグ、アグネス、君は……」
(続く)
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