拉致されたものの救出され、コンコルドに乗って帰国の機上でのことであった。
ビエール・トンミー氏は、『彼女』を和室に連れ込み、『いよいよ』という時、機体が大きく傾いた。
誰か分らぬ者がコンコルドを操縦しているようで、フランス人CAに
「どうにかして下さい、トンミー様!」
と懇願された。
何者かにハイジャックされたのかと思っていたが、、コックピットで2人のインド人が、手を振り、腰を振り、踊っていただけであった。
これで一件落着、と思いきや、フランス人CAが俺に問うた。
「どうするのです、この機の操縦は?」
ああ、そうだ。まだ、問題は解決していなかったのだ。
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「どうするのです、この機の操縦は?」
とフランス人CAに問われた俺は、ファーストクラス席まで戻り、機長と副操縦士に声をかけた。
「君たち、いい加減にせんかね。ちゃんと操縦するのだ」
しかし、フランス人機長はワインに酔い、眠り、寝言を云っていた。
「ドラクロワちゃん、イ・ン・モー!最高!」
ワインではなくビールを飲んでいた副操縦士は、
「ビールは、やっぱり一番搾りが、イッチバーン!」
とドイツ語で返してきた。ドイツ人だったのだ。俺は、ドイツ語も理解していた。
「無駄です、トンミー様。この人たちに操縦はできません。どうか….」
それまで強気だったフランス人CAの話し方が、懇願調になった。
「どうか、トンミー様が操縦なさって下さい」
驚いた。それは驚くであろう。飛行機の操縦をしたことのない者が、急に、さあ操縦しろ、と云われて驚かないはずがない。しかも、操縦をするのが、コンコルドなのだ。
「いや、無理だ」
「いえ、トンミー様なら、できます!」
「無理というか、無茶だ」
「操縦して頂けるのなら、後で、あの『和室』で、何でもサービスしますわ」
何を云い出すのだ。…と、よく見ると、フランス人CAはピチピチした生足だった。
俺は、思わず、夢想し始めていた。『和室』だ……おっ、『和室』には『彼女』が待っているのだった。どうするのだ、二人同時には…….
しかし、その夢想は、首の痛みに弾け飛んだ。しおらしくなっていたフランス人CAが再び乱暴になり、俺の襟首を掴んで、またコックピットに連れて行ったのだ。
「いや、無茶だ!できないものはできないー!」
と叫ぶのと同時に、
「バーン!!!!!!」
という音がした。
目の前に赤青黄の紙吹雪が舞った。
くす玉が割られたのであった。
「何故、コックピットに?」
と思ったが、そこはコックピットではなかった。
紙吹雪が舞い落ちると、渦となった拍手の音が耳の中を駆け巡った。
大勢の人たちが歓喜の声で俺たちを迎えていた。空港にいるようであった。
「いえ、『俺たち』ではありませんわ。トンミー様を、なんです」
またまた俺の心を読んだのか、フランス人CAが解説をしてきた。
「何故だ?何故、俺を?」
「あなたはヒーローなのです」
「俺が?」
「拉致された人々をあなたが救ったのです」
「いや、俺も拉致されたのだ。俺たちを救ってくれたのは、猪木さんなのではないのか?」
「まあ、謙虚なこと。救出しただけではなく、操縦士たちが不在となったコンコルドを操縦までされたではないですか」
「え?俺が本当に操縦したのか?」
俺は何がどうなっているのか、皆目分からなくなっていた。
「あなたよ、あなたが操縦したの。その間、アタシ、『和室』でずっと待ってたの」
柔らかな手が俺の手を握ってきていた。
振り向いた。『彼女』だ!
そうだ、『彼女』、●●●子先生だ!
俺は、●●●子先生の手を強く握り返した。
何が起きたのか不明で、まるで夢を見ているようではあったが、●●●子先生が俺に惚れている、それであれば、まあいいのだ。
「ビ、ビ、ビ、ビ、ビエール!」
「トン、トン、トン、トン、トンミー!」
「万歳、万歳、バンザーイ!」
マスコミも大衆も興奮の極み達していた。身に覚えはないが、俺はヒーローになっていた。
●●●子先生も俺にメロメロのようだ。頭を俺の肩に乗せてきた。
●●●子先生の香りに(体臭であろうか?)、俺の体は『反応』していた。
この後、マスコミのインタビューも受けないといけないのだろうが、俺は早く空港近くのホテルに入り、体を休めたかった。……..●●●子先生と。
「アータ、早くして、行くわよ」
「?」
だ、誰だ?いや、その声は…….
「世田谷美術館はもう、カイカンしてるのよ!」
カイカン!?そうだ、俺の体はまだカイカンに包まれていた。
しかし、マズイ!カイカンに包まれていてはマズイ!
「アータ、早くして、行くわよ」
その声は、妻であった。冷静に考えれば(冷静になれる場合ではなかったが)、妻が空港まで来ているのは当然であった。
俺は●●●子先生の手を離そうとした。しかし、●●●子先生は逆に強く握り返して来た。
「いいの、私。奥様にちゃんと申し上げるわ、あなたとのこと」
いやいや、それは困る。それまで俺の背に隠れるようにしていた●●●子先生は、俺の前に出ようしていた。
どうすればいいのだ!?俺は、『反応』したまま、反応できずにいた。
目の前が真っ暗になった……
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うっ!...口が塞がれた。
「●●●子先生、それはマズイです。妻です。妻がいます。迎えに来ています」
しかし、舌が俺の口の中に入って来て、俺の舌をツンツンして来た。
「先生、イイ…イイ……でも、マズイです、先生!」
俺は目を開けた。
「アータ、忘れたの?エリック・カールよ!チュッ!」
妻だ!俺の顔を塞いでいるのは、妻の顔面であった。
「んもう、早くお起きになって」
なんだ、なんなんだ?コンコルドはどうした?
「今日は、世田谷美術館に『エリック・カール展』を見に行く約束でしょ」
そうだ、『エリック・カール展』を見に行くのだった。
しかし、『和室』や元カノ、元同僚たち、嫌な元上司に役員連中はどうしたのだ?猪木さんやタイガー・ジェット・シンは?.......そして、『彼女』は?
「あら、あっちはもう起きてるのね。ちょっとチュしただけなのに、ふふ」
夢だったのか。夢の中での『反応』がまだそのままになっていたようだ。
「チュ、チュッ!」
妻は再び、俺の口を塞いだ。俺は、妻の口臭をゆっくり味わった。
俺はようやく安心した。見たのは、悪夢であっただろうか?悪夢であったかもしれないが、心地よい夢でもあった。しかし……
「俺は妻を裏切らなかった。夢の中だが、俺は妻を裏切らなかった」
安堵したビエール・トンミー氏はようやくベッドから立ち上がり、妻を抱きしめた。
(おしまい)
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