俺は今、布団を被って外出している。高級羽毛布団だ。
これは夢だと思う
夢だから早く醒めて欲しい、と思ったが、元カノの『俊子』を彷彿させるホットパンツから美脚を見せた茂子さんが捨てたと思しきティシュで埋ったゴミ袋に、それまで被っていた羽毛布団を頭上に掲げ、怒りをぶつけるように叩きつけた。
そうして、冷静さを取り戻した俺は、ウチに戻りながら、羽毛布団を被って外出したのは、不要となった羽毛布団をゴミ出ししに行っただけだと理解した。
しかし、ウチに帰ると、玄関には、
「お帰りなさいませ、ビーちゃん様」
というナース姿のアグネスが待っていた。
高校の同級生であったアグネス(香港からの留学生で、看護科の生徒であった)は、当時、俺に想いを寄せ、俺はその想いに応えたか、応えなかったか記憶をなくしていたが、いずれにしても俺はアグネスを傷付けたように思う。そう感じているのだ。アグネスは、俺の「古傷」なのだ。
今、ウチの玄関で俺の前に立っているナースは、そのアグネスであった。
アグネスは、俺の『訪問介護』の為にウチに来ている、と云うのだ。俺にはその記憶はないが。
俺のアレが大暴れしたら大変なことなるから、鎮めに来ているらしい。
しかし、ある疑念が生じた。俺は、結婚していないらしいのだ。妻がいないようなのだ。これはどういうことだ。
どうして、アグネスが俺のウチを知っているのだ?
いや、そもそも……..
玄関を入ったところに立ったまま、俺はアグネスに訊いた。
「アグ、アグネス、君は……」
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「アグ、アグネス、君は……」
玄関を入ったところに立ったまま、俺はアグネスに訊いた。
「君は、本当にアグネスなのか?」
「ビーちゃん様、どこ行った?」
アグネスは、いやアグネスのような女は、俺の質問を無視し、逆に質問を返して来た。
「君は、アグネスではないな」
「ビーちゃん様、何しに出掛けた?」
アグネスのような女は、体の前に持ったマイクで問いかけて来た。マイクは、両手を揃えるようにして持っていた。
「ア、ア、アグネス….そのマイク……」
俺は動揺した。
そのマイクの持ち方に記憶があった。
「ああ、アタシ、『マイク』持つの上手だよ、ふふ」
そうだ、上手だった。どんな『場面』で『マイク』を持っていたのか覚えていなかったが、『マイク』を持つことが上手であったことは記憶にあった。
「き、き、君はやはり、アグネス………」
俺は完全に動揺していた。看護科の生徒が、どうして『マイク』を持つのか、そんな疑問を持っている場合ではなかった。
両手を添えるように『マイク』を持つアグネス。
今、玄関先でどうして『マイク』を持ち、俺に語りかけているのか?そんな疑問を持っている場合ではなかった。
そこには何故か、甘美の記憶があり、それが今、甘美の期待を俺に抱かせ始めていたのだ。
「ビーちゃん様、どこ行った?」
は?
「ビーちゃん様、何しに出掛けた?」
あ、そうだ。俺は、外出していたのだ。何をしに出掛けていたのだ?
「布団ないけど、どうした?」
布団?そうか、俺は、布団を被って外出したのだった。
「あの布団、高い布団だったよ」
そうだ。高級羽毛布団だった。
「クリーニングしなくちゃ、と思ってたのに」
クリーニング?.....俺の中の何かが疼いた。猛烈に疼いた。『異変』が生じ始めていた。
「そうだ…………」
(続く)
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