2017年5月16日火曜日

羽毛布団は知っていた(その10)【変態老人の悪夢】




不要となった羽毛布団をゴミ出しに行き、ウチに戻った俺は、ナースのアグネスに出迎えられ、動揺した。

しかし、何を今更、であったのだ。羽毛布団を汚したのは、俺とアグネスであったのに。

「ビーちゃん様、何しに出掛けた?」

とアグネスに訊かれたが、

「アノ羽毛布団を棄ててきた」

証拠を隠滅し、俺は安心し、落ち着いて答えた。

その時……..

玄関の軒をパラパラと叩く音がした。

雨だ!

「そう、雨だよ。ビーちゃん様、雨、マズイよ」

ああ、そうだ、雨はマズイ。せっかく棄てた羽毛布団が雨に濡れると、不当投棄となって、ゴミ回収してもらえない。

そうすると、妻に知られることとなる。

「ビーちゃん様、雨、マズイよ」

そうだ。俺は再び、外に飛び出しって行った。




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俺は走った。

妻に知られたらどうなるのだ。

羽毛布団を汚したのは、確かに俺自身だ。妻に知られたら、と今更心配するくらいなら、そんな『行為』をしなければいいのだ。

しかし、世の中、そんな理屈通りにはいかない。

アノ瞬間、俺の理性は粉砕されたのだ。理性の塊は、散らばった理性の粉になったのだ。

アグネスのせいだ。あの太もも、あの豊満な2つの『山』がいけないのだ。

俺は、雨中を走る。

高校時代も俺は、アグネスの太ももや『山』に翻弄された。それが、40年以上も経った今また、翻弄されようとは思わなかった。

あれから40年以上も経って......

睫毛に雨粒がつき、視界が遮られる。

.....どういうことだ?

俺は再び、疑問を抱いた。

すっかり老人となった俺に対し、アグネスのあの若々しさは、何なのだ?

さすがに高校時代と同じではなく、20歳台前半に見える。しかし、若いことに変りはない。

高校時代と同じではないが、むしろ成長し、魅惑は増している。

おかしくはないか?

何故、俺だけ歳をとっているのだ。

これはひょっとして、やはり......

そう思い始めた時、俺はゴミ集積場に着いた。

俺の高級羽毛布団は、まだそこにあった。既に、雨に濡れ始めていた。

俺は慌てて羽毛布団をとり、頭上にかざし、それを、棄てに来た時と同じように頭に被り、ウチに向った。

縁石に腰掛けた二人の老人が(俺も老人だか俺よりはるかに歳を重ねた『本当の』老人だ)、その様子を見ていた。

『本当の』老人たちは、100円ショップで買ったと思しき、カラフルな『から傘』をさしていた。




雨の中を、しかもゴミ集積場に、どうしてそんな格好でいるのか、疑問に思ったが、そんなことにかまけている暇はなかった。

アグネスに関する疑問も消えた訳ではなかったが、とにかく走った。

これ以上、羽毛布団を濡らしてはならなかった。妻が気付かぬ内に乾かさないといけない。

俺は再び、羽毛布団を『着た』人となっていた。


(続く)




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