不要となった羽毛布団をゴミ出しに行き、ウチに戻った俺は、ナースのアグネスに出迎えられ、動揺した。
しかし、何を今更、であったのだ。羽毛布団を汚したのは、俺とアグネスであったのに。
「ビーちゃん様、何しに出掛けた?」
とアグネスに訊かれたが、
「アノ羽毛布団を棄ててきた」
証拠を隠滅し、俺は安心し、落ち着いて答えた。
その時……..
玄関の軒をパラパラと叩く音がした。
雨だ!
「そう、雨だよ。ビーちゃん様、雨、マズイよ」
ああ、そうだ、雨はマズイ。せっかく棄てた羽毛布団が雨に濡れると、不当投棄となって、ゴミ回収してもらえない。
そうすると、妻に知られることとなる。
「ビーちゃん様、雨、マズイよ」
そうだ。俺は再び、外に飛び出しって行った。
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俺は走った。
妻に知られたらどうなるのだ。
羽毛布団を汚したのは、確かに俺自身だ。妻に知られたら、と今更心配するくらいなら、そんな『行為』をしなければいいのだ。
しかし、世の中、そんな理屈通りにはいかない。
アノ瞬間、俺の理性は粉砕されたのだ。理性の塊は、散らばった理性の粉になったのだ。
アグネスのせいだ。あの太もも、あの豊満な2つの『山』がいけないのだ。
俺は、雨中を走る。
高校時代も俺は、アグネスの太ももや『山』に翻弄された。それが、40年以上も経った今また、翻弄されようとは思わなかった。
あれから40年以上も経って......
睫毛に雨粒がつき、視界が遮られる。
.....どういうことだ?
俺は再び、疑問を抱いた。
すっかり老人となった俺に対し、アグネスのあの若々しさは、何なのだ?
さすがに高校時代と同じではなく、20歳台前半に見える。しかし、若いことに変りはない。
高校時代と同じではないが、むしろ成長し、魅惑は増している。
おかしくはないか?
何故、俺だけ歳をとっているのだ。
これはひょっとして、やはり......
そう思い始めた時、俺はゴミ集積場に着いた。
俺の高級羽毛布団は、まだそこにあった。既に、雨に濡れ始めていた。
俺は慌てて羽毛布団をとり、頭上にかざし、それを、棄てに来た時と同じように頭に被り、ウチに向った。
縁石に腰掛けた二人の老人が(俺も老人だか俺よりはるかに歳を重ねた『本当の』老人だ)、その様子を見ていた。
『本当の』老人たちは、100円ショップで買ったと思しき、カラフルな『から傘』をさしていた。
雨の中を、しかもゴミ集積場に、どうしてそんな格好でいるのか、疑問に思ったが、そんなことにかまけている暇はなかった。
アグネスに関する疑問も消えた訳ではなかったが、とにかく走った。
これ以上、羽毛布団を濡らしてはならなかった。妻が気付かぬ内に乾かさないといけない。
俺は再び、羽毛布団を『着た』人となっていた。
(続く)
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