新宿駅から、泣き喚く2歳くらいの幼女を抱えたお母さんが電車に乗り込んで来た。
「ぎゃあ~、どぅばぁ~、ずぅばぁ~」
なかなかに猛烈な喚き声だ。
「どうぞ」
紳士なエヴァンジェリスト氏は、お母さんに席を譲るべく、声を掛けた。お母さんは素直にその申し出を受けた。
しかし、幼女は両手両足をバタつかせ、胴をクネらせるだけでなく、ついには、両手で電車の床を叩き、
「ギギ、ぎゃあ~あ~」
と喚き声の音量を最高レベルにまで上げた。
お母さんは、構わず幼女の腰を手を回し、抱き起こし、幼女の手を座席に付かせるところで持っていくと、ショルダーバッグからソフト煎餅を取り出し、
「これ、食べよ」
と幼女に云ったが、幼女には聞こえず、
「ギギ、ぎゃあ~あ~」
と幼女は再び、電車の床にうつ伏したのであった。
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電車の床にうつ伏した幼女は、今度は、そのうつ伏した姿勢のまま、『匍匐前進』を始めた。
「駄目よっ」
お母さんは慌てて、幼女を引きずり戻し、起こそうとするが、幼女は暴馬のように体を上下させ、また床にうつ伏した。
そしてまた、『匍匐前進』を始めた。
「駄目だってばあ」
お母さんの困惑をよそに、乗客たちは失笑した。
電車の床で『匍匐前進』する幼女の姿は、何だか微笑ましいのだ。
エヴァンジェリスト氏も、程なく自分の前に現れるであろう孫の姿を見ているようで、頬を緩めていた。
しかし、お母さんにとっては冗談ではない。
それまで以上の力を出し、幼女を抱き起こし、何とか座席に座らせた。
しかし、幼女はまだ
「ギギ、ぎゃあ~あ~」
と喚く。
「これ食べよ、シゲ子」
お母さんはまたソフト煎餅を幼女に差し出した。
幼女は今度は、ソフト煎餅に気付き、途端に喚き声を上げるのを止めた。
お母さんは封を開け、幼女にソフト煎餅を手渡した。
座席に胡座をかいた幼女はソフト煎餅を掴むと、ひと齧りし、一言発した。
「うまい!」
な、な、なんだ、この子は!
エヴァンジェリスト氏の両目は、驚愕に見開いた。
しばらくモグモグし、またひと齧りすると、幼女はまた、
「うまい!」
と明瞭な発音で言葉を発した。
この子は、将来、小池百合子を超える。
エヴァンジェリスト氏は確信した。
どこの老獪な政治家かと思わせる貫禄だ。
いやいや、小池百合子どころではないぞ。
この子は、上沼恵美子をも超える。
そのままその子の様子をみていたかったが、そうもいかなかった。
電車は、四ツ谷に着いた。エヴァンジェリスト氏はそこで、丸の内線に乗り換えなくてはならなかった。
丸の内線への乗り換え口に向いながら、
「うまい!」
と云った幼女の憮然と悠然とか入り混じった表情から、思った。
小池百合子の比ではない。上沼恵美子も怖れることはない。
角栄だ!
君よ、角栄になれ!
幼女が、
「うーん、まあなんちゅうか、うまい!」
という様子がエヴァンジェリスト氏の脳裏に浮かんで来た。
(おしまい)
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