「私は、ロボットとかAIには関心がない、と何度云ったら分かるんだ!」
エヴァンジェリスト氏の剣幕に、『亀』は首を引っ込めた。
「猫も杓子も、ロボットだのAIだの云い、辟易していたが、『亀』までもそんなことを云いだすとはなあ」
エヴァンジェリスト氏は、ウンザリした様子でそう云ったが、そこに『亀』がいることの不自然さには思いが到らないようであった。
「世の皆が云い出したものは、そこにはビジネスはない。ビジネス皆無とは云わぬが、少なくとも、そこには革新性はない。そんなものはツマランではないか」
口調が少し穏やかになってきたので、『亀』は再び、首を出した。
「君は、いずれ人間がロボットやAIに駆逐されるのでは、と懸念しているが、駆逐されてはいかんのか?それが自然の摂理ではないのか。我が世の春を永遠に謳歌する生命などないのだ」
伸ばした首を『亀』は捻るようにした。『怪訝』の意思表示と見えた。
「何?ロボットやAIに『生命』はない、と云いたいのか?では、訊こう。『生命』とは何だ?海は生きているという説もあるのだ」
『亀』の口が開き、そのまま固った。『唖然』をあわらしているようであった。
「海は『超個体』という一種の生命体と捉える説もあるのだ。人間や動物、植物だけが『生命』とは限らないのだ。これまでの観念からすると、ロボットやAIに『生命』はない、となるであろうが、ロボットやAIにも『生命』はあるのかもしれない」
『亀』は目を閉じていた。エヴァンジェリスト氏の話を聞いているかどうか分らなかった。
「ロボットに労務管理は不要で、24時間働かせてもいい、と云う輩もいるが、果してそうであろうか?ロボットが進化をすれば、その内、労働者としての権利を主張するようになるかもしれないぞ。或いは、自らに『死』を創るようになろことさえあり得るのだ。人間は『死』を怖がるが、『死』がないことはもっと怖いこととも云えるのだ。人は色々なシガラミ、色々なストレスを抱えている。『死ねない』と、シガラミもストレスも、永遠に人から離れないのだ。考えてみるがいい。100歳になっても、200歳になっても、10,000歳になっても、『生きている』ことの面倒臭さから解放されないことを。それは『死』よりも怖いことなのだ」
『亀』は目を閉じていた。どう見ても、エヴァンジェリスト氏の話を聞いているようではなかった。
「ロボットやAIもいずれ知るであろう。進化すると、知るであろう。永遠の命は望ましいものではなく、あるべきであるのは『死』であると。そうすると、いつの日か、ロボットやAIは、自らに『死』を創るようになるであろう。そうなった時、ロボットやAIは、我々、人間と何が異なることになるであろうか」
……….『ポホホホ』。
枕元で、iPhoneのiMessageの着信音が響いた。
ビエール・トンミー氏からのメッセージであった。
「友よ、ワシは妙な夢を見た。ワシが、実は『ヘンタイック・サイコパス』で、本来、犯罪者になってもおかしくないところを、君を友としたことで、救われたと云う夢だ。君のスケベぶりを見て、『ああなってはいけない』と思うようになって、自身を抑制できた、ということであるのだ」
目覚めたエヴァンジェリスト氏は、面倒臭いなあ、という表情でiPhoneを見つめていた。
……….『ポホホホ』。
再び、iPhoneのiMessageの着信音が響いた。
「夢の中で、犯罪者になってもおかしくないところを、君を友としたことで、救われた、と云ってきたのは、何故か分らないが、『亀』であったのだ。それも、普通の『亀』ではなく、頭は、まるで人間ではなかったのだ」
『亀』という文字を見て、エヴァンジェリスト氏は驚いた。自分の場合、『亀』は言葉を発しているようで発してはいなかったように思ったが、やはり『亀』が自分に対峙していたからだ。
「何故、『亀』?と思っていたら、ワシを起こしに来た妻に云われたのだ。『あーら、アナタったら、もう!パンツから[亀]出さないで。うーん、変な気になっちゃう』とな」
相変らずな奴、相変らずな夫婦だと思ったが、自分のパンツからも『亀』が首を出していることに気付き、慌てて、その首をしまい込んだのであった。
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